・・・何で来ないの?
私の願いは、やがて疑問になった。
もう誰も居なくなった教会で、私は一人ぽつんと十字架の前に立っていた。
願ってたのは恋人の姿 ―― 本当なら、此処で永遠を誓っていた相手。
でも数時間前に式は異例の形で終えられ・・・私はウェディングドレスを着たまま一人立っている。
新郎側の人間は誰一人として来なかった。
私の両親、友人たちは哀れの目を向けて言った。
「可哀想に」・・・この言葉の意味が私だけには解らなかった。
やがて遠慮して席を立っていった。私一人を残して。
数日前、私は彼と永遠を誓い合った。
結婚式まで早い段階で決まってたのに、彼は来なかった・・・。
2・3日経つと私の元に請求書が来るだろう。
だって代金は全て私の名前で契約してたもの。彼は指輪をくれただけ。
――― あれ?そういえば指輪は何処に行ったの?見当たらない。
そこまで考えて、思い出す。・・・あぁ、彼が持ってるんだった、と。
涙が溢れる。
十字架の前だからいいよね。ポロポロと流れる涙を手袋で拭った。
・・・何で来ないの?
「あんた、ここまでされてもまーだ解らないの?」
「え?」
振り返ると、ドア口に誰かが立っていた。
見知らぬ男の人 ―― 20代くらいで若々しく、真っ黒いジャケットに身を包んでいた。
彼は棒が付いた飴を舐めながら、私を嘲笑った。
「何で “飯塚卓也” が来ないか・・・理由は簡単だ。あんたと結婚する気がないからだよ」
「・・・誰?」
涙を拭うのも忘れて私は彼のほうをただ見つめた。
名前も知らない、真っ黒い印象しか存在しない彼は一歩一歩歩き出す。
「おれの名前は黒崎。職業、詐欺師!」
「・・・詐欺師?」
この言葉を聞いて、私は薄々と気付き始めた。
“黒崎” と言った男の人はやがて私の前まで歩いてくる。
「あんたは結婚詐欺師 ―― アカサギに騙されたのさ」
・・・あぁ、やっぱり。
涙を止めて放心状態になる。 “あの男” に対する感情が全て消えていった。
ただ、残ったのは怒りだった。
私のお金、どうなるの?
無意識に思った気持ちは顔にも出ていたみたいだ。黒崎がニヤッと不敵な笑みを見せた。
「あんたが取られた金を、おれが騙し取り返してやるよ」
「・・・そんな事出来るの?」
私の目が彼に向いた。
不敵な笑みのまま、黒崎は飴を舐める。
「おれなら、あんたにいい目を出してやれる」
さぁ、どうする?
そんなことが本当に出来るとは思えない。
この人が詐欺師である限り、もう一度騙される可能性だってある。
それでも、それでも ―― すがっても大丈夫な気がするのはどうしてだろう。
彼が嘘を言っているようには思えなかった。
被っていたベールを投げ捨て、見据えた。
「・・・騙し取り返して、お願い。」
「いい目になってきたじゃん」
面白そうな笑みを見せると彼は踵を返す。
途中振り向いて、私のほうへ手を伸ばした。
「じゃあ行きますか ―― 花嫁さん」
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突発的に書いた話です。
いつもとは違って被害者側のヒロインを書いてみました。
ケリー・クラークソンのPVを観て、「悲しみに打ちひしがれた花嫁」を書いて見たいと思ったんですよね。
それで書いてみたわけですが・・・クロって名前を呼ばなくても見事に成立する(苦笑)