■ 自分の職業を自慢する人間ほど惨めなものはない

 = 成瀬 T =


 成瀬は、小さく見える人影を見つめた。その人影はこっちに向かって来る。
「あれ、ちゃんでしょ」 久遠も視線の先に気付いたのか、身体を傾けて言った。
「そうだな」
「いつ見ても可愛いよねー。アメリカンショートヘアの猫を思い出すよ」 久遠が顔を綻ばせながら言った言葉に、成瀬はつい微笑んでしまった。久遠はに会う度 「アメリカンショートヘアみたい」 と言っている。確かに成瀬も頷けた。の性格は猫と良く似ている。気まぐれな楽天家のが悩んでいるところを見たことが無いと言っても、過言ではなかった。
 は暢気な足取りで、成瀬たちの側に寄って来た。
「やっほー」 左手を元気良く挙げ、気の抜けた挨拶を交わした。 「二人とも久し振り!」
 元気そうだね、と満面の笑みで訊ねるがあまりにも銀行強盗とはかけ離れていた。隣の久遠が思わず笑う。 「ちゃんらしいや」
「よし、行くか」 成瀬が歩き出す。と久遠が小走りで追う。三人は美作銀行の下見に向かった。


ちゃん、そういえば、原稿の方はどんな具合?」 ふと、久遠が訊ねた。
 話題の一つに過ぎないのだろうが、は満ち足りた笑みを見せた。 「さっき担当さんに渡したんだよ。海外の小説ってどれも面白いから翻訳しがいがあるわ」
「へぇ」 間延びした久遠の声を聴きながら、成瀬も話題を広げる。 「どんな話を翻訳したんだ?」
「それが、銀行強盗の話なんだけどね」 は笑みを零しながら、左人差し指を指揮棒のように振って話し始めた。
 物語の概要を聞いた成瀬は顔をしかめる。「間抜けな強盗だな」
「極悪非道だったのに、お婆さんの嘘に涙したわけ?」 久遠も呆れ果てた声を上げた。 「お人好しだねー、犯人たち」
「でもね、一人ひとりの発言がなんだか成さんや久遠みたいに思えてくるんだよ」
「どういう意味だ?」
「例えば、老婆の嘘に最初に同情を示した犯人が、久遠」
「僕はそんなに単純じゃないよ」 可哀想な動物だったら、断然同情しちゃうけどね、と言った久遠の表情は真剣だ。それが本心であることが成瀬にも判った。
「あと、老婆の嘘に怒って、取り返そうと大声で提案するのが響さん」
「それは頷けるな」 成瀬も笑いながら肯定した。 「あいつほど騒がしい奴はいない」
「雪ちゃんは、我関せずとばかりに傍聴する人! ぴったりだなぁって思ったの」
「で、成瀬さんみたいな人は?」 久遠が目を輝かせた。
 一番しっくり合ったのが成さんなのよ、とは前置きを据える。 「老婆にお金を奪われたことが解り、強盗仲間たちは憤りの声を上げる中、一人だけ 『仕方ない』 って言った人が居るの。 『奪われたほうも悪い』 ってね。その人が成さんと被ったってわけ」
 成瀬は久遠の感心した声を聴いた。 「確かに成瀬さんだ」
「俺はそんなことを言うのか」
「言うよ! 絶対、言いそうだもん」 あはは、と軽快な笑い声を上げながらが念を押す。 「同じような状況に陥ったら、成さんは絶対 『仕方ない』 って言うと思うなぁ。諦めるんじゃなくて、次にすべきことを考えるために、一度考えを改める時間を作りそう」
 成瀬は、が言った 「同じような状況」 をシミュレーションしてみることにした。本当なら老婆が嘘をついた時点で見抜くだろう。
「僕らは同じ状況に陥る訳ないよ」 久遠も脳裏でシミュレーションをしたのか、確信がある口ぶりだ。
「俺達が失敗する可能性は無いだろうな」 実際、成瀬にも確信があった。第三者のせいで自分たちが奪った金を失うなんてことは皆無だろう。それこそ、仲間の誰かが裏切ったならあり得るかもしれないが。そんなリスクを犯してまで金を手に入れたい人物を成瀬は知らない。自負するわけでもないが、自分たちが百戦錬磨の銀行強盗だということくらい認識しているつもりだった。
「つまんないの」 が苦笑いを浮かべて呟いた。


 ふと、前方から誰かが来るのが解った。
 通行人の一人だろう。近づくと強面の若者だとわかった。図体を大袈裟に左右に振って、周りの人々を牽制している。
 大して気にもしていなかったが、あまりに解りやすい不良に思わず成瀬も目を留めた。それは隣のたちも同じだったのだろう。歩きながらも視線は前方からやってくる男を見つめていた。
「うわー、偉そう」 中央のが呟いた。
 何でも言葉に出す点は響野と同じだな、と成瀬が苦笑いを浮かべる。
 若者は意外にもの声が聴こえていたようだ。周りに 「恐怖」 を振り撒きながら成瀬たち、厳密に言えばの前で停まった。
「おい、てめぇ今何つった?」
探るような声を出すが、表情はおっかない。女だからって容赦しねぇぞ、とを脅しているようだ。しかしは見かけによらず、肝が据わっていることを成瀬は知っていた。案の定、態度が悪そうな足取りで近づいた男をは無表情で見つめていた。
久遠が、はらはらしながら見ている。の後ろから成瀬を見て、 「成瀬さんどうしよう?」 と目配せをしてきた。成瀬はわざと肩をすくめた。
「あんた、つまんない」 は指を差した。「悪いけどあたし、面白いことが好きなのよね」
 きっぱりと拒絶され、男は一瞬困惑を目に宿らせた。
「言っちゃった」 久遠が思わずけらけらと笑った。成瀬にも笑いは伝染する。
 男は怒りで顔全体が赤くなった。馬鹿にされた気分を味わったのだな、と成瀬にも分かった。の胸倉を掴もうと右手を伸ばしたが、その手は久遠に邪魔された。を庇うように、男にぶつかったのだ。咄嗟のことに、男は大きな身体がよろける。
 成瀬は男の顔を見ながら、すかさず聞いた。 「久遠、名前は?」
久遠は手に持っている財布を素早く漁り、男の名前を見つけると口に出した。 「んーとね、高本健司くん」
男がびくりと身体を震わせた。先ほど久遠は男にぶつかって財布を掏ったのだ。
「成瀬さん、よく分かったね」 久遠の言葉に同意するようにも頷いた。 「あたしは分かんなかったのに」
「お前がぶつかった時は大抵掏るからな」 と、成瀬は言った。
 男は業を煮やしたのか、大声で口走った。 「俺を誰だと思っているんだ!紅梅組の幹部だぞ」
 紅梅組って何? とは久遠と顔を見合わせた。だが、成瀬は表情を変えなかった。
「嘘だ」
 出た、成さんお得意の嘘発見。は小さく独り言のように呟いた。
 男が大きくたじろいだ。その表情を見ると、俄然優位に立ったような気分さえ感じる。
「う、嘘じゃねぇ! お前らなんか、一溜まりもねぇんだよ」 男が喋った言葉は、半ば弁解に取れる内容だった。成瀬に嘘を見抜かれてからは、男の威勢の良さが一向に見えなくなった。
 成瀬はさっきと変わらない口調で言う。 「いや、それも嘘だな」
 久遠は男から視線を外したが、は見つめている。成瀬はその表情が 「面白くなってきた」 とばかりに楽しんでいることに気付いた。
 男はというと、成瀬の言葉から説き伏せるような鋭さを感じたのか、怯んだ。
 財布の中身を拝見していた久遠は、物珍しそうに一枚のカードを取り出した。改まった口調で呟いた。や成瀬、男の耳にも届く。
「へぇ、君は一条高校の二年生なんですか」
「あっ! てめぇ」
 男が学生証を取り返そうとしたが、久遠が見事に避ける。
「高校二年生ねぇ。やっぱり成さんが言った通りなのね」がせせら笑う。「年上に対する言葉遣いが、なっていませんねぇ」
 男は悔しそうに呻き声を上げた。その姿を成瀬はただ黙って見ている。やがて、溜息をついた。
「久遠、返してやれ」
「え、何で?」
「俺たちも用があるだろ。こんな所で油を売っている場合じゃない」
 仕方なさそうに久遠が男に財布を渡す。が何か口を挟むか、と思ったが、意外にも満足気の笑顔を浮かべているだけだった。
 この男に何か言葉を掛けてやろうかと考えたが、結局成瀬はそのまま歩き出すことにした。何か言葉を掛けて気を取り直すほど現金な奴でもなさそうだし、何よりその時間すら惜しい。自分が意外と冷血なのだなと思ってしまった。
 男を通り過ぎると、と久遠も後を追うように歩き始めた。


「あー、楽しかった!」
 中央のが陽気な声を上げた。久遠は、隣を見て言った。 「ちゃん、響野さんに似てきたね」
「悪影響だ」
 真顔で呟く成瀬が面白かったのか、は含み笑いをした。「それは嫌だけど、面白ければいいって思っちゃうのよね」
「あいつが二人だなんて、考えただけでも騒がしい」
「うわ、考えたくないね」
ただ苦笑いを浮かべたは、すぐに深刻な表情に変えた。 「どうしよう、成さん」
 よっぽど響野のようになりたくないのだろう。成瀬が口元を緩め、久遠も可笑しそうに笑った。
「まず、何処にでも口を挟むのは良くないな」
「そうそう、相手を挑発するのも駄目だよ」
 二人のアドバイスを聞きながら、真剣な態度で 「自信ないかも」 と嘆くを見て、成瀬は 「この日で一番面白いな」 と思った。



□ author's comment...

 完成からアップまで、かなり時間がかかったなぁ。
 HTMLファイルにするのが面倒だった、という間抜けな理由です。あはは・・・(苦笑)
 成さんと久遠の三人で話すシーンが一番書きやすいなぁ。
 響さんがいると話が枝作っちゃいますし、雪ちゃんだと何話そうか緊張する!
 一番気楽に書けた記憶しかありません。大好きだ!(ぇ)

 date.060801 Written by Lana Canna



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