■ 道を知っていることと実際に歩くことは違う
= T =
もう何度目だろうか。は溜息をついてしまった。
ちょっとした好奇心が裏目に出てしまったことは、にも分かっていたが、何が悲しくて銀行強盗の仲間なのに、人質となってしまっているのだろうか。何度ついても、溜息が止まらない。
「さて、みなさん」 カウンター上の響野が時計を見た。 「ここで一分が過ぎました」
こんなに一分が長いとは思わなかった。響野の澱みない演説が全く頭に入ってこない。いつもなら強盗時の演説を楽しみにしているにしては、十分珍しいことだった。もっとも、こんな状況で悠長に聴いていられる訳もないが。
それにしても、が見る限り、成瀬たちは動揺一つ見せていない。見た限り、全く滞りなく作業を続けているみたいだ。不本意だが、羨ましいと感じてしまった。響野にいたっては、すっかりこの状況を楽しんでいるようだ。いつも遠隔透視で強盗する様子を見ていたのだが、あんなに活き活きと演説をしている姿は未だかつて見たことがない。成瀬と久遠は最初、カウンター上に立っていたときは驚いた表情をに向けていたが、今ではすっかり仕事に夢中なようだ。心の底から羨ましく感じる。
カウンターの向こうの成瀬がこちらを向いている。どうやら人質の分析をしているのだろう。も、誰にも気付かれないように状況を見定めてみることにした。何しろ、今回は厄介な案件が他にもあるのだ。
まず、隣に並んでいるのは良子だ。彼女のせいでこんな目に遭っているのだが、今はそんなことを言っている場合では無いため、それは置いておく。これ以上無いほど青褪めているのは、銀行強盗を間近で見てしまったからか、それとも後ろの男の仕業か。
と良子の真後ろには、男がぴたりと寄り添っている。丁度二人の間に居て、片手で刃物を良子に突きつけているのが見えた。もう片手は、それを目撃したを逃がさまいと、腕を掴んでいる。どうやら男はを 「良子の友人」 と思っているみたいだ。
他の客は大人しく座っているが、たち三人は突っ立ったままだ。男は思わぬ事態に警戒を隠せないのだろうか。男が座らない限りたちも座れない。 「目立ちたくないのなら座った方がいいんじゃない?」 と言ってやりたい衝動に駆られる。
自作の警棒で防犯カメラを壊していた久遠が、たちの脇を通り過ぎた。 「座って」 と聞こえたかと思うと、何かにぶつかったように身体がぐらついた。男が久遠とぶつかったのだろう。腕を掴まれていたにまで、巻き添えを食ったではないか。久遠は響野の横のカウンターを飛び越える。何か掏ったのかもしれない。
「四分、二百四十秒のお時間を頂ければ、私達は大人しく去って行きます。もしも、新聞に武勇伝を書き込まれたいがために抵抗を見せた場合は、容赦なく撃ちますので、今すぐ思い直してください。確かに私たちは悪い銀行強盗かもしれません。ですが、何もあなた方の命を奪いに来たわけじゃありません。財布の金を奪うわけでもないですよ。ただ、銀行から少し拝借するだけです。懐を痛めるのは銀行、いや保険会社です。私達は言わば
、『保険金強盗』 ですよ」 拳銃を指揮棒に見立てて、満面の笑みの響野は演説を続けている。
銀行強盗の人質になったのは二回目になるんだっけ。あまりすることもないため、昔のことを思い出してしまった。成瀬や響野たちと共に人質になってしまった事件のことだ。
思えば、あの時の銀行強盗は 「悪い例」 の最前線を行く奴らだった。奴らのおかげで、今の自分たちは銀行強盗の
「最善例」 となっているはずだ。本当に野蛮で、風上にも置けなかったよね、としみじみ思ってしまった。
成瀬たちの銀行強盗に遭遇した客は、どんな感情を持つのだろうか。 「自分はもっと上手くやろう」
なんて思いには駆られないはずだ。成瀬たち四人の手際の良さは、が一番良く解っている。 「もう一度遭遇したい」 と思う人も、県内に何人かは居るような気がする。もしかしたら
「自分もあんな銀行強盗になりたい」 なんて思いを抱いた人も、いるかもしれない。
「今日は、時間の話をしましょう」 深呼吸をして、響野が演説を続けた。今日は時間の話なんだ、と声に出さずに呟く。打ち合わせの時に
「今回は何の話をするの?」 と訊ねると、腕を組んだ響野が 「時間か、天気のどちらかだな」
と答えたのを思い出した。
「人と動物を区別したのは、火の発見であるとか、道具を使うようになったからであるとか、黒くて大きなモニュメントに触ったからであるとか、いろいろ言われても居ますが、人が動物に戻れなくなったのは、時間を気にするようになったからである、と言った人がいます。名前は忘れました。もしかしたら、私かもしれません」
とはじめた。
これ以上は聴かないよう、は視線をカウンターの向こうに移した。現金バスの在り処は下見のときに分かっている。目を開き、集中すると、白いカウンターが透過し始める。物質透視だ。隣の良子に、何も悟られないよう、顔を背けて現金バスの辺りを見た。瞳孔が開いた。カウンターなど最初から存在しなかったのでは、と疑うほど透明になった。現金バスを開けて札束を鞄に詰め込んでいる成瀬と久遠の姿が見える。
下見のときは四千万円を少し超えたほどの金額だったのだが、成瀬たちの表情を見ると、どうやらそれ以上の金額が手に入ったようだ。久遠の満足気な笑みに、は思わず笑いそうになった。
ふと、久遠が立ち上がった。何かを取り出し、確認している。何をしているのかはよく見えないが、不満を露にしたことは分かった。先ほどとは明らかに違う表情を見せた。何が不満だったのだろうか。
透視作業を終え、何度か瞬きをする。疲れが増したような気がした。そういえば、良子ちゃんのために遠隔透視を使いまくったんだっけ。思わず欠伸をしてしまった。響野のほうに目を向けると、案の定のほうを見ていた。響野の演説のせいで眠くなった、と思われそうだ。相手が響野だけに、厄介かもしれない。
「さて、ここで問題です」 同じく流暢な口調で続けた。 「もしも時間を越え、未来や過去を実際に見ることが出来たら、どんなことに役立てますか?」
突然の質問に客がざわめく。
「あなたはどうです?」 響野が指を差した相手は、だ。突然の指名に驚いてしまった。 「未来や過去が実際に見れたとしたら、どんなことに役立てると思います?」
その問いは卑怯だ、と思った。は実際に予知透視が出来る。それが滅多に出来るわけではなく、急に見えてしまうことを知っているは、どう答えたらいいのか分からなかった。困惑の表情を浮かべる。響野が笑みを作った。確信犯だと解った。
響野が口を開きかけたその時、成瀬と久遠が軽快なリズムでカウンターに飛び乗った。中心の成瀬を見て、安堵の溜息をついた。四分経ったようだ。
もっとを苛めたかった、と言いたげにつまらなさそうな表情をしたが、ストップウォッチを見て、満足気に頷いた。
「四分ちょうどです。みなさん、最後までお付き合いいただいて有難うございました。ショウは終わりです。テントを畳み、ピエロは衣装を脱ぎ、像は檻に入れ、サーカス団は次の街へ移動します」
成瀬がこちらを見たのが解った。隣の久遠に何か耳打ちをしている。何を話しているのかは到底解らなかったが、成瀬の表情からして、しこりが残っている内容みたいだ。
三人が一斉に、人質に向かって深々と礼をした。片手を後ろに回し、もう片手は腹の辺りに持ってきている。まるでダンスパーティに誘われたような気分になった。顔を上げた途端、成瀬たちが走り出した。訳がわからず放心状態になって、観客は見送っている。
出口に向かって走るはずなのだが、久遠だけは軌道を逸らしての方へ走ってきた。のすぐ隣を走りすぎ、再び衝撃で身体が揺れた。また男にぶつかったようだ。勿論にも巻き添えはやってくる。どうにか持ち直し、 「久遠、あんた覚えてなさいよ」
と、心の中で叫んだ。
暫く放心状態だった客たちも、すぐに我に返って騒ぎ立て始めた。銀行員はお互い目を合わせ、
「今のは一体何だったんだ?」 と言い合っている。まさか、銀行強盗を神風か何かと思ったのだろうか。
「おい、早く出るぞ」 後ろの男が早口で言った。良子を先に歩かせ、の腕を引っ張りながら男が後ろをぴったり付いて歩いた。半ば小走りになって、は良子たちと足早に銀行を出る。今までしんと静まっていただけに、雑踏が一段と煩く感じる。男は怪しまれないように細心の注意を払いながら、良子の後ろを歩いているようだった。刃物は未だ良子の後ろに突きつけられている。
引っ張られながら、は後ろを振り向いた。成瀬たちが居る訳無いのだが、縋りたい思いに駆られていたのかもしれない。自力で逃げ出そうにも、は久遠のように喧嘩慣れしているわけでもなければ、響野のようにボクシングのインターハイに出たことすらない。万が一、が逃げられたとしても、良子は助けられないだろう。だったらも一緒に捕まり、安全を身近で確認した方がいいのかもしれない。
成さんたち、異変に気付いてくれているといいんだけど。急に不安に駆られる。見捨てられたらどうしよう、なんて自分らしくない考えが浮かんでしまった。
薄暗い駐車場に入った。が良子と男の跡を付けはじめた場所がこの駐車場なだけに、情けなく思う。が遠隔透視で見つけ出したワゴンまで連れて来られると、男は後部座席のドアを開けて良子を見た。
「入れ」 と、偉そうに指示をする。
良子は真っ青な顔のまま頷き、素直に車に乗り込んだ。それを確認すると、を車内に押し入れた。 「お前も入るんだ」
乱暴じゃない? と心の中で不服そうに呟いて、ふと車内を見回した。運転席には、もう一人男が座っている。助手席に乗り込んだ小柄な男とは対照的に、運転手はとても大きく、がっしりとした体型をしていた。
「筒井ドラッグの娘をちゃんと攫って来ただろうな」 と、男も偉そうに言う。甲高い声が耳に残った。
「はい、小西さん」 助手席の男が胸を張った。
小西と呼ばれた運転手が吼える。 「おい、名前を呼ぶなって言っただろ」
「あ、すいません」 男は口を押さえた。無意識で相手の名前を呼ぶなんて、犯罪者らしくない人たちだな、と呆れてしまった。
「ねぇ、筒井ドラッグの娘って良子ちゃんのこと?」 緊張感の欠片もない声で、隣の良子に訊ねると、深刻な表情で頷いた。
「ふぅん、じゃあ良子ちゃんが狙いだったわけだ」
「誰だ?」 小西が後部座席を振り返った。と目が合う。微笑んでやると、癇癪を起こしたように男を睨んだ。 「一般人も連れてきたのか!」
「それが、筒井ドラッグの娘と仲良く話していたんですよ。連れ去るときに見られちゃって」睨まれた男はしどろもどろだ。
「馬鹿やろう、一般人を巻き込むなってあれほど言っただろうが! これじゃあ筒井ドラッグと一緒になってしまうだろ」と怒鳴っているみたいだが、声が高いため喚いているようにしか聞こえない。要領を得ない会話が飛び交っている。
「すいません」 と謝った男は、多分小西に従っているだけなのだろう、とは理解した。黒幕は運転席の小西かもしれない。黒幕らしくない雰囲気が、拍子抜けしてしまいそうだ。
それからもう一つ、解ったことがある。恐らく男たちの狙いは良子一人だったみたいだ。が居たことが予想外だったみたいで、とりあえず一緒に攫ったらしい。寧ろ小西の言葉からして、一般人であるに危害を加えるつもりはこれっぽっちもないようだ。やっぱり一緒に捕まった方が良かったみたいだ、と安心すると、今度は眠気が襲ってきた。
「良子ちゃん、ちょっと寝てもいい?」 そう言いながらも、目は絶えず開閉の葛藤している。
「すごーく疲れた」
「えっ」 良子は信じられないとばかりに目を剥いてしまった。 「寝ちゃっても大丈夫なんですか?」
「平気だと思う」 大きく欠伸をした。車の上下が、まるで揺りかごのような心地よさを提供してくれる。
「犯人たちはあたしや良子ちゃんを殺す気は無いよ」
『殺す』 という言葉に一層青褪めた良子を見ながら、楽な体勢を取って目を閉じた。
確かに不安はあるのだが、考えても仕方が無い。体力を回復させることを第一に考えたは、何度も呼びかけてくる良子の声を子守唄に、意識を手放した。
廃墟のような古びたビルに、誰かが入っていったのが見えた。男が二人だ。誰だろう、と思うと、二人の顔が見える。驚いた。久遠と響野ではないか。紺色の背広を着て、何か携帯ゲーム機のようなものを二人して見ている。
なんだろう、その機械。そう思うと、ズームしたように響野の手元にある機械が映った。大きな丸が点滅している。何かの受信機なのかもしれない。
そういえば、さっきからの疑問の答えばかりが見えている気がした。夢かもしれない、と思うと、それらの光景が途端に消えてしまった。
微かな意識で何かを考えたが、それはすぐに忘れてしまった。
□ author's comment...
此処は第二章の成さん視点にあたる部分です。まぁこんな具合に、人質体験(笑)
多少原作から引用させていただいた部分もありますが、次の話ほどでは無いような気がします。
響さんの演説とか。あとこじつけぶぶんもあったような、無かったような?
いい具合にちゃんを絡めることが出来ました。実はこの話、めちゃ楽しんで書いてました!
Wordでは5枚分。少ないですね、やっぱり(汗)
date.060804 Written by Lana Canna