Pregnancy
アリスはDNAラボでのんびり雑誌を捲っていた。
雑誌には若いモデルが様々な服を着ながらポーズを決めている。
どの服も可愛らしいもので、彼女は何か欲しいなぁなんて考えながら捲った。
途中、少し前に注文したばかりのドレスが目に入る ―― もう2週間ほどすれば届くだろう。
「楽しみだなぁ」
黒くてシルエットが綺麗なフェミニンドレスを楽しみに見つめていたアリスは、ふと顔を上げた。
誰かに呼ばれた気がしたようだ ―― 案の定、カリーが隣に立っていた。
「カリー、どうしたの?」
「これ分析して欲しいんだけど、後でもいいのよ?」
彼女らしい笑みを浮かべたカリーは茶化すように言ってサンプルを机の上に置く。
「今やるわ」
雑誌を脇に置いて、アリスはサンプルを持った。
「それにしても、可愛かったわね」
「何が?」
「さっきのドレス」
雑誌を取ってパラパラと捲ったカリーに、満面の笑みになってアリスは答えた。
「でしょ?頼んだのよ!」
「そうなの!?」
嬉々とした笑顔の彼女に、カリーも笑みを浮かべる。
「また着てきてね」
「え?CSIに?」
「いいじゃない!着て見せてね」
気楽な声に、アリスは思わず頷いてしまった。
「解った、いつかね」
叶えられる約束かどうかはわからない ―― それが解っていたカリーはアリスと小さく笑い合った。
可愛らしい笑顔を浮かべていたアリスは、途端に表情を変える。
苦い顔になった彼女は口元に手を当てて立ち上がり、即座にラボを出た。
「アリス!?」
吃驚したカリーは立ち上がって彼女の後を追った。
ラボを出て休憩室へ走る。
ドアを開けると、アリスはシンクに顔を近づけて嘔吐を繰り返していた。
一区切り付いたのか、「けほっ、けほっ」と咳をして傍らに置いていたコップに水を注いでいる。
「大丈夫?」
心配になったのか、カリーが隣まで来て背中を擦ってくれた。
アリスは軽くうがいをして、彼女の方を向いた ―― 心なしかぐったりしている。
「大丈夫・・・最近ムカムカするのよ、一日中」
近くにあった椅子に座る。カリーも隣に座って不安な表情をした。
「風邪じゃない?」
「そうかなぁ。確かに疲れやすいのよね」
欠伸をして、背もたれにもたれかかる。顔色があまり良くないようだ。
「病院に行ってみたら?」とカリーが言ったその時、休憩室のドアが開いた。
「あれ、アリスにカリーじゃん」
何してるの?と言いたげに、デルコが好青年の笑顔を浮かべて入ってきた。
しかしアリスの顔色が悪いことに気付き、すぐに心配そうに机に付いた。
「実は具合が良くないみたいなのよ」
「大丈夫?」
「うん・・・ん!?」
再びアリスが硬直する。
デルコが取り出したピクルスを見つめていたが、すぐに立ち上がって再びシンクへ。
「アリス!?」
突然の嘔吐に吃驚したが、2人とも彼女の近くに寄って背中を擦ってやった。
すぐに治まり、もう一度うがいをしたアリスはたった一言呟く。
「・・・ピクルスを部屋から出して、今すぐ」
「え?」
デルコが不思議に思うのも無理は無いだろう。
ピクルスはあまり匂いがない。その匂いを敏感に察知し、気分を悪くしたのだろうか。
とりあえず言われた通り、ピクルスをゴミ箱に入れて蓋をした。
「これで良いか?」
「うん・・・」
落ち着いたらしく、再び椅子に座り込む。
ほんのり頬が赤い ―― 熱が出てるのだろう。
「ピクルスの匂いが駄目だったの?」
頷いたアリスを見て、カリーは薄ら別の考えを示しだそうとしていた。
が、すぐに思い留まる ―― まさかね。
「お前ら、何サボってんの」
ドアから声がし、全員が向く。
声の主はスピードルだった。彼は呆れながら休憩室に入ってくる。
「アリスの具合が悪いんだ」
デルコが言った ―― カリーも頷く。
実際、更に顔色が悪くなっているアリスは、辛そうに口元を手で覆っている。
「平気か?」
「うん・・・何かスーッとする飲み物取ってくれる?」
丁度立っていたスピードルが取りに行った。
スーッとする飲み物と言われたからか、彼が取り出したのは赤ワイン。
それを豪快にもコップに注ぎ、アリスに渡した。
「ほら、これ」
「有難う」
何も知らない彼女は一口だけ口に含み ―― うっ、と渋い表情に変わったかと思ったらそれを吐き出した。
「うぇ、これ何!?」
「赤ワイン。アリス好きだったじゃん」
「なんでそんなもの渡すのよ!」
「二日酔いだろ?毒をもって毒を制せば治るって聞いたから」
「時と場合を考えて!」
飲めないとばかりに机に置いた。
再びぐったりと机にうつ伏せる彼女の背中を、カリーは労わるように撫でる。
彼女が思った見解は確信に変わりつつあった。
一日中の嘔吐に、匂いに敏感だったこと、さらに今まで飲めていたアルコールが全く駄目になっていること。
信じられなさそうに、しかし確信のこもった声で訊いてみた。
「・・・・・・あなた、妊娠してるんじゃない?」
「・・・へ?」
「「はぁあっ!?」」
吃驚して声が出ないアリスの代わりに、デルコとスピードルが大声を出して驚いた。
目を見開き、アリスを見る。
「マジ!?」
「え?ちょっ、」
「誰の子!?」
「いや、だから妊娠してないってば!」
なんてこと言うの!?とカリーに向き合う。
しかし彼女は真剣な表情のまま言った。
「それなら全て説明が付くわ」
「でも・・・そんなの絶対に無い!!」
アリスの表情は今までで一番真っ青になっていた ―― 明らかに心当たりがあるようだ。
「まさかアリスが妊娠なんてね」
心底吃驚したのか、まだ驚いているスピードルが言う。
デルコも頷く。
「誰の子?まさかチーフとか」
「だから違うってば!!」
「じゃあヘイゲン?」
「なんでそこでヘイゲン刑事の名前が出てくるのよ!」
「バーンステインとかじゃないわよね」
「だから根本的に間違ってるってば!!」
ガタッ!と乱暴に立ち上がり、3人の追及をかわすため、そそくさと休憩室を後にした。
残された3人は未だに信じられないようで、誰の子かと考え続けていた。
違うといったものの、確かにカリーが言っていたことは一理ある。
妊娠ならつわりもあるだろうし、匂いに敏感になる。
アルコールなんてもってのほかだろう・・・もう一つ言えば、生理がまだきていないのも解る。
「・・・・・・どうしよう」
心当たりならある ―― しかし、相手はアリスの上司であるホレイショだ。
彼とは皆に内緒で付き合っているのだが、まさか妊娠するなんて思っても見なかった事態だ。
だが、一人で抱え込むには大きすぎる。
第一職場が同じなのだから隠しきれない。
そうこう考えるうちに、DNAラボまで帰ってきてしまった。
前方の階段を上ればホレイショのオフィスへ行ける ―― 不安になっていたアリスは、とうとう相談することに決めた。
階段をゆっくり上る。その間に色々考えてしまった。
「下ろせ」 なんて言われたらどうしよう、と考えたが、ホレイショに限ってそれは無いと思ったのか首を振った。
しかし 「アリスの好きにすればいい」 と言われたらそれはそれで・・・と徐々に足取りが重くなる。
やがて最上階へ上り詰めた彼女は、息を呑んでドアを叩いた。
コンコン、とノックをすると中から彼の声が聴こえる。
「入れ」
気合を入れ、震える手でノブを回した ―― 開くと、ホレイショの姿が目に映った。
彼は顔を上げてアリスだと確認した途端、顔を緩める。
「アリス、どうした?」
「・・・ちょっと、気になることが・・・ありまして」
声が低く小さい。
ただ事じゃないと判断したホレイショは、とりあえず彼女をソファへ導いた。
先に座らせて、隣に座る。
「アリス?」
首を傾けて彼女の顔を覗き込む。
アリスの顔色が悪いことに気付いたのか、心配そうな顔をした。
「具合でも悪いのか?」
言うしかない。
心の中で覚悟を決めたアリスは、目を閉じて呟いた。
「実は、妊娠したかもしれないんです」
「・・・何だって?」
チーフの顔が見れない・・・。
目をきつく閉じて、彼女は下を向く。
彼がどんな反応を示しているのか怖くて見れないのだ。
普通の男性なら驚き、そして怖気付くだろう ―― そんな姿を見たくない。
しかし予想に反してホレイショの声は明るかった。
「・・・アリス、本当か?」
「検査はしてないんですけど」
「してみるんだ、いいな」
顔を上げられ、思わずアリスが目を開ける ―― そして見開いた。
彼の表情はとても嬉しそうで、そんな笑顔が彼女の不安を取り除き始める。
精一杯声を絞り出してアリスは返事を返した。
「・・・はい」
妊娠検査薬を買ってきたアリスは、早速トイレで検査を始めた。
箱によると、1分で結果が出るそうだ。
赤紫ラインが現れると陽性 ―― 妊娠は確定だ。
洗面所で結果を待つ間、アリスはどっちに祈ればいいのか判らなかった。
ホレイショの考えることは解らない。
だがアリスが下ろすことを望んでいないのは確かだ。
しかし、妊娠していなかったらそれで話は終わる ―― 陽性を望むか、陰性を望むか。
不安な面持ちで洗面所に置かれた検査薬を見守る。
やがて、検査薬は結果を教えてくれた。
「チーフ!!」
バァン!と乱暴にドアを開けて、アリスは聊か興奮して入ってきた。
ホレイショも期待ある笑顔で応える。
「どうだった?」
「・・・これです」
検査薬を見せる ―― 赤紫色のラインが浮かび上がっていた。
結果を見たホレイショは、顔を上げる。
今までで一番の笑顔をアリスに向けた。
「よくやったな、アリス」
その言葉を聞いた彼女は、眼を見開いた。
すぐに涙が溜まり、ポロポロと雫が頬を伝う。
「・・・産んでも良いんですか?」
「君が決めることだ。だが・・・俺は産んで欲しい」
彼の笑顔が、アリスの不安を全て取り除いてくれた。
泣きながら微笑んだ彼女が、ホレイショの胸に飛び込む。
反動で後ろに下がったが、彼はしっかりと彼女を抱きとめた。
嗚咽を漏らしながら、アリスはホレイショを抱き締める。
彼もまた彼女を強く抱き締めた ―― 彼女のお腹に宿った、新しい命も含めて。
「産みます、私」
「あぁ・・・楽しみだ」
きつく抱き合った2人は、新たに産まれるかけがえの無い存在を喜ばしく思っただろう。
お互いの愛を確かめるように、深く口付けを交わした ――― ・・・
「そうだ、皆にも言わなくちゃ」
彼の首に腕を絡ませたアリスは我に返って呟いた。
「心配してもらってたんです」
「そうか・・・じゃあ言いに行くか」
「ひゃっ」
彼女を抱き上げ、ホレイショは微笑む。
「結婚と妊娠を知らせよう」
「・・・そうですね」
抱きかかえられたまま、アリスは首元に抱きついた。
そんな彼女を愛おしそうに見つめ、彼は歩き出す。
他のCSIたちに“アリスが自分のもの”だと証明するために。
そして、266日後に産まれる新しい命を紹介するために。