Dazzling
マイアミの空は、今日も眩しい。
「はぁ〜・・・眠い」
ボソッと呟きながら冷蔵庫を漁る少女が一人。
そんな少女を目撃したカリーが驚きながら声をかけてきた。
「?どうしたのこんな朝早くから!」
今にも目が閉じそうな少女 ―― ・は声のした方を向き、途端に顔を崩した。
「あっ、カリー!ちょっと聞いてよーっ!!」
「え・・・え、何?」
カリーなりに「この話は愚痴だ」と認識したのか、明らかにやばいと言いたげな表情を明らかにした。
しかしはかまうもんかと続ける。
「チーフってば私をこき使うんだよ!?」
「そんなのいつものことじゃない」
「いつも以上なんだって!!徹夜明けなんて有り得ない!」
怒りなのか、嘆きなのか・・・は思いっきり目に涙を溜めて横暴さを物語る。
それは、前日の夜1時過ぎのことだった。
もう自分の仕事を終えたは、荷物を持って帰ろうとしていた。
最後に彼女の上司であるホレイショに挨拶をと伺ったのだが・・・それが悲劇につながる。
「チーフ、お先でーす」
オフィスのドアを開け、らしい能天気な口調で挨拶をした。
そしてドアを閉めて踵を返すつもりだったのだが・・・
「」
「はぃ?」
呼び止められるのもいつものこと。
もう一度ひょっこり顔を出した少女に向かって、何かが飛んできた。
「あたっ」
こつんとおでこに当たりは少したじろいだが、すぐそれを拾い上げた。
「・・・綿棒?」
白い箱に入った、捜査用の綿棒だ。
はっ、まさか。
気付いた時点でもう遅かった。
「ラボにも同じものがある。全て分析してから帰ってくれ」
「・・・へ?」
このとき、初めて自分のチーフを“悪魔だ”と認識したのだと言う。
「それでラボに行ってみると何本あったと思う!?」
「何本だったの?」
「332!!」
「えーっ!?それはきついわねぇ」
「そうでしょ!?」
は目を伏せて机の上にあった紙の束を指差す。
一見何かグラフが書いてあるように思えるが、詳しくは解らない。
「・・・まさか」
「そう、全部分析してやったわよ」
冷蔵庫から取ったのか、ペットボトルを勢い良く飲んでいる。
無茶を言うチーフもだけど、の根性も相変わらず凄いわよね。
カリーは心の中で感嘆してしまった。
「眠い・・・もう顕微鏡覗けない・・・」
瞳が半分閉じているを見ると、説得力があるみたいだ。
笑っていたカリーは、一瞬にしてその笑顔を凍らせた。
「大体チーフも横暴なのよ!だって一晩で132本よ!?一睡も出来ないじゃない・・・」
「・・・」
「眠いったらありゃしない!でも仕事中に転寝したらまたチーフに怒られるんだろうなぁ」
「俺もそこまで鬼じゃない」
「でも昨日は鬼だったんだよ!・・・あれ」
横から聞こえたもう一人の声。
目の前のカリーは明らかに「知らない」モードだ。
「・・・お、おはようございます」
「おはよう。分析は出来たんだろうな?」
目もあわせられないらしく、はただ頷いただけで何も言えなかった。
二人の間に居て会話を牛耳っていたのは、今まで鬼だ悪魔だといわれ続けてきたホレイショだった。
「チーフ、早いのね」
の代わりにカリーが問いかけた。
「なに、少し仕事を与えすぎたと思ってね。どうやら俺の勘違いだったようだ」
「うぅ・・・返す言葉もないです・・・」
痛い、チーフの言葉一つ一つが私の胸に刺さる・・・!
昨日よりも今日の方が悪魔だと感じたのだろう、は心の中で大量の涙を流す。
「わ、私もうちょっと仕事あったんだ!ラボに帰るね!!」
空気に耐えられなかったのか、はペットボトルを乱暴に置いてそそくさと休憩所を後にした。
ホレイショの半分ほどしか生きていない彼女はやはりまだ子供なのだろう、怒られるのはやっぱり嫌らしい。
ペットボトルから零れたお茶がそう物語っているようだった。
「相変わらずはチーフのお気に入りのようね」
分析結果の山を見たホレイショに、カリーは微笑んでそう言った。
「でもそんなに仕事を与えてると、いつか嫌われるわよ?」
「今回はやりすぎた。反省してるよ」
一番上の紙を取り、ホレイショはざっと読んでいく。
「それ、なんの分析だったの?」
「昨夜の事件だ。あまり急がないものなんだが・・・」
今のチーフの言葉をが聞いていたら、必ず嫌いになってたわね。
カリーは苦笑してしまった。
「謝っておいたら?」
「・・・そうだな」
なんだかんだ言ってホレイショも嫌われないかどうか気になっていたらしい。
分析結果をカリーに届けるよう命じると、早々と休憩所を出て行ってしまった。
はぁー、とため息を付いて、カリーは膨大な量の分析結果を持った。
・・・意外と重い。
『 夜の1時過ぎくらいかな?チーフに挨拶して帰ろうと思ったのよ 』
別にを寝かせないために仕事を宛がったわけじゃない。
夜遅くに帰したくなかったのが理由なのに、いつになったら気付くんだろうか。
「も鈍感よねー」
ずっしりとした重みを抱え、彼女もまた休憩所を出た。
顔には出さないが、少し早歩きになっている。
すれ違う人たちに挨拶は交わすが、誰とすれ違ったのかすら覚えていない。
ただ、ラボに着くまでホレイショはどう謝ろうか言葉を張り巡らせているのだ。
しかし平然とした表情を崩さないのは、さすが科学捜査官と言うか。
「」
ガラス張りのラボに入ったホレイショは驚いて目を開く。
机にうつ伏せて、すぅすぅと寝息を立てているがそこに居た。
滅多にしたことが無い徹夜をしたためか、目を閉じればすぐ夢の中へ赴けたらしい。
今では机の上でも問題なく眠れているようだ。
しかしホレイショが驚いたのはそれではない。
ラボには沢山の薬品がある中で居眠りするとは、なんて危険知らずなのだろう。
たまに失敗をするでも、ここまでとは。
「・・・」
揺らしても起きない。
それどころかもう少しで薬品の瓶を落とすところだった。
さすがのホレイショもこれは危ないと思ったのか、その瓶を始め、全ての薬を眠っている机から遠ざけた。
今一度、眠るを眺めてみる。
何とも気持ち良さそうに眠っている。机なのになんて事は無いらしい。
「・・・仕方ない。寝かせてやるか」
それだけ言うと、踵を返してラボを後にした。
すやすやと眠るの向こうに、窓がある。
窓からは朝の光が射している。
マイアミの空は、今日も眩しい。
きっと良く眠れるだろう。