Discontent
「チーフ」
「何だ」
「不満です」
頬杖のままは呟いた。
仄暗い電気が付いているレイアウト室には二人の姿。
いつもは “上司と部下の仲” であるとホレイショは、二人だけになると違う関係へ変化した。
お互い、気付かない間に特別な意識を抱いていた。
名もない感情はやがて“恋愛”へ発展し、二人は秘密の関係を裏に持っていた。
レイアウト室にいるのは「恋人」と呼べる間柄の二人だけだ。
それなのに、は不満げに呟いた。
「何が不満なんだ?」
隣に立ったホレイショはいつも通りの口調を保ちながらの顔を覗き込んだ。
しかし表情は優しいものへ変わっている。
はチラッと彼の顔を覗き、すぐ前を見据えた。
「だっていつも仕事なんだもん」
「それは仕方無いことだ」
ホレイショは近くから椅子を取ってきての隣へ置き、腰を下ろす。
同時に、彼女は頬杖からうつ伏せに変わる。
「・・・仕事は嫌いか?」
「いいえ、大好きですよ」
うつ伏せたまま「科学捜査とは恋人の仲ですし」と付け足す。
するとホレイショは小さく笑った。
「俺のライバルは科学捜査か」
「そうですよ」
も小さく微笑む ―― うつ伏せていて見えないが。
ホレイショは灰色がかったブロンドの髪を撫でながら、もう一度問いかけた。
「何が不満なんだ?」
身動きをしないは少し経って呟いた。
「敢えて言えば、犯罪が絶えないのが不満です」
「その不満は被疑者に言ってくれ」
彼が答えるとが少し身じろいだ。肩を隠している髪が揺れる。
「でも仕事を割り振ってるのはチーフじゃないですか」
「楽しく仕事してるんだろ?」
「そうですけど、違うんですってば!」
突然ガバッと起き上がったの髪の毛が変な方向に跳ねる。
ホレイショは尚もの髪を撫でて跳ねを直す。
「仕事は好きです。でも休日も欲しいです」
半ば真剣な面持ちでホレイショに向き合い、諭すように言った。
の真剣さに彼は驚いてしまったのだが、すぐに微笑む。
「休日か・・・」
彼女は頷きながら続けた。
「休日があればこうやって仕事の合間に会わなくてもいいし、料理だって振舞えますよ?」
「それは魅力的だな」
「でしょ?」
「不満」 と発した時と違い、は嬉しそうな笑顔を見せた。
机上に腕を伸ばし、体は隣に座るホレイショのほうを向いている。
「せめて仕事のことは忘れたい・・・」
「忘れてるさ」
「嘘でしょう?今朝の刺殺事件の分析結果がラボにありますよ」
「今はいいよ。後でオフィスに届けてくれ」
「はーい」
結局捜査の会話になってしまう。
CSIに居れば当たり前なのだが、それがの不満なのだろう。
はぁー、とため息をついた。
「なんか足りないです」
「何だ?」
「うーん・・・・・・愛情?」
再度頬杖をついて考え込む。
そんなをホレイショは優しい瞳で見つめている。
様々な表情を一瞬で作るを見ているのが好きなのだろう。
少しの間彼女を見つめ、それから口を開く。
「」
「はい?」
振り向いたの頬に触れ、そのままゆっくり、唇を重ねた。
驚いた彼女は目を見開いたが、目を閉じて受け入れる。
柔らかい感触を身近に感じながら腰に手を当て、もう片手は頬から彼女の後ろ髪へ。
優しく髪を撫でながら舌を絡めると彼女は小さく高い声を上げた。
そっと離れると、乾いた音がレイアウト室に響いた。
小さく息づくの髪を指で絡め、子供っぽく微笑む。
「愛情は足りたか?」
ホレイショの言葉に少し驚きを見せた彼女だが、すぐに笑顔になる。
「十分です」
「それはよかった」
満足気に頷き、立ち上がって彼女の髪に口付ける。
「そろそろ仕事だ」
「はーい」
も立ち上がり、ホレイショの背を見つめた。
「・・・発見しちゃいました」
「何をだ?」
振り返ったホレイショを満面の笑顔で迎える。
「仕事の合間の方が秘密の関係っぽくてドキドキしますね」
ホレイショの両手を取り、愛おしそうに握る。
すると握り返してくれた。
「不満は解決したか?」
「はい!」
「よし、今度は仕事だ。、分析頼むよ」
手を離し、ホレイショはそう言い残して退室した。
笑顔で頷いたは、誰も居なくなってから徐々に表情を変えた。
「・・・ライバルは科学捜査、ねぇ」
恋人の地位がチーフに奪われるのは時間の問題かも。
そっと自分の唇に指を当ててみた。
柔らかい感触はさっきのキスを思い出させる。
ドキドキするのは相手がチーフだからかな。
優しく微笑み、は再び座り込んでしまった。
「デルコ、今の見た?」
「勿論見たよ。やるなぁチーフ!」
レイアウト室を窓越しに見ていたのは偶然通りかかったカリーとデルコ。
趣味は悪いが覗き込んで二人のキスを見ていたのだった。
カリーとデルコは向かい合って、微笑みあう。
「愛されてるわねぇ」
「ホント、可愛いじゃん」
しばらく二人とも目で会話をし、今あった出来事をスピードルに教えてやることにしてそそくさと歩き出した。