Hectic Day
「、この分析頼んだよ!」
「解った!」
「、こっちもお願いね」
「う、うん」
「、これも頼む」
「嘘っ!?ちょっ・・・」
デルコにカリー、更にスピードルまで頼まれた分析のせいでは両手いっぱい荷物を抱える破目になった。
話は昨夜の午後8時に遡る。
まだ出勤時間が近づいていないため、はゆっくり就寝していた。
ホレイショから恐怖のテレフォンが来るまで、至福の時を過ごしていたのだった。
静まり返った寝室に、突如携帯の着信音が響き渡った。
「うわぁっ!」
あまりの煩さには飛び起き、携帯の音かと安心して手に取った。
「はい・・・」
まだ夢現な口調だが、ホレイショの声を聴いて瞬時に覚醒した。
『、俺だ』
「ち、チーフ!!」
バッと時計を見る ―― 遅刻をしていない。
安堵のため息をついて、続けた。
「どうしたんですか?」
『今すぐ出勤してくれ』
「え?でも・・・」
『頼んだぞ』
一方的に切られ、は何が何だか解らずに首を捻る。
しかし、彼の声が切羽詰っていたことに気付いた彼女は急いで支度をしてCSIに向かったのだった。
そして出勤したのだが、何かが可笑しいことに気付いた。
なぜなら検査技師が圧倒的に少なかったからだ。
いつもは7・8人居たはずの技師が、今は1人くらいしか見かけない。
「・・・あれ?」
違和感を感じながらもはDNAラボに行き、空色の白衣を羽織る。
そしてホレイショのオフィスに向かった。
「チーフ、出勤しましたー」
のんびりした口調でそう言い、オフィスを出ようと踵を返す。
そんなを呼び止め、ホレイショは全ての事情を話した。
「」
「はい?」
「どんな分析も出来るな?」
「え、まぁ一応出来ますけど・・・なんですか?」
「実は、殆どの捜査技師がインフルエンザにかかった」
「え?」
「今居るのは映像分析の捜査技師だけだ」
ホレイショの言葉をきょとんとして聞いていたは、事の重大さに気付く。
「・・・ってことは、映像以外の分析は私がするんですかぁっ!?」
「カリーたちも出来る限りやってくれるだろ」
「でも皆現場に行ってる間は・・・」
「頼む」
「えぇっ!?」
抗議しようとしたが、ホレイショの携帯が鳴ってそれは出来なかった。
とりあえず、1日・2日乗り切れば他の技師も出勤できるとの事。
は有無を言わさず、こき使われることになったのだった。
それからもうすぐ1日経とうとしている、午後7時。
はCSI内を走り回っては分析・報告を繰り返していた。
厄介なことに、この日2つの事件を抱えているメンバーはうろちょろと一つの場所に留まらない。
は1日で研究所内を8・9周も回っていた。
「デルコ、DNAが一致した!スピードル知らない!?」
「AVラボに居たよ」
その言葉を聞くと、また全力疾走してスピードルの場所へ向かう。
しかしそこにスピードルの姿はもう無い。
携帯をかけながら、今度は銃器ラボへ向かって走り出した。
走る途中でスピードルが出る。は早口で分析結果を伝えた。
「スピードル!?被害者の血中にチアノーゼが検出された!あと合成繊維は被疑者の女性のもの!」
『そうか、解った。じゃあ血痕分析とDNA鑑定、あと指紋照合やっといて』
「えっ!?サンプルは何処!?」
『のラボに置いてきたから』
「解った!」
走っていると思わず声も大きくなる。
は電話を切ると銃器ラボのドアを開けた。
「カリー!DNAが被害者と一致した!あとクロロフォルムが検出されたから恐らく犯人は被害者を一旦眠らせてる!」
「本当?有難う!じゃあこの分析と指紋照合頼んでもいい?」
「解った!」
スピードルに発した言葉をここでも言い、再び走り出す。
もうずっと前から息が切れて疲れている。
だが今捜査技師が含めて2人しか居ないのだ ―― もっとも、は技師ではないが。
ぜぇぜぇ言いながら走り、再びDNAラボへ入る。
かなりの仕事を溜めているため、パソコンをつけっぱなしで他の部屋へ行くことなんてざらにあった。
またしてもラボを飛び出して、今度は指紋照合装置が置いてある部屋へ向かった。
途中、ホレイショと通り過ぎる。
は短い返事を返しながらも全力疾走を止めなかった。
通り過ぎた後、ホレイショは振り返ったがもう彼女の姿は小さくなっていた。
「・・・・・・」
そんな姿を心配そうに見つめ、化学ラボへ向かった。
「スピードル」
そこで何か分析をしていたスピードルが顔を上げる。
「チーフ」
「どうだ?」
「全然ダメ。忙しいの何のってさ」
そうか、と呟いたホレイショは彼の手元を見ながら続けた。
「には何の分析を頼んでる?」
「血痕分析とDNA分析、あと指紋照合」
「そんなにか?」
驚きを隠せない様子のホレイショに、スピードルはそうでもないよと返す。
「デルコは毛髪鑑定と血痕のDNA分析、あとナイフの形を割り出して欲しいって頼んでるし、
カリーは薬品分析と足跡の分析に精液のDNA分析、それと雑誌の記事の復元」
つらつらと語ったスピードルは、最後に 「俺が把握してる限りね」 と付け足した。
ホレイショは思わず呆気にとられてしまった。
それほどの分析を一人でするなんて、無謀としか言いようが無い。
「頼みすぎだ」
「そう思うけど、人材不足だから仕方ないよ」
スピードルはそう言うと、検査結果を持って化学ラボを飛び出した。
残されたホレイショはどうしたものかと顔を歪ませる。
確かに人材不足は否めない。
唯でさえ少ない捜査官が更に少なくなったのだから。
しかし、一人で幾つもの分析を一度にするのは不可能だ。
ホレイショは、を出来るだけ気に掛けることにした。
一方、はてんてこ舞いになりながらも、分析を続けていた。
指紋分析を終えてそれを報告しに走り、更に増えたDNA分析を抱えてラボへ戻る。
しかも足跡の分析や毛髪鑑定など、やり慣れていない作業も完璧に早くこなさなくてはならない。
ふと気付けば、もう出勤して1日をとうに過ぎていた。
ぜぇぜぇと荒い息を立てながら、呟く。
「もう・・・1日過ぎてる・・・」
よく考えれば睡眠も食事も全く摂っていないではないか。
うんざりした表情をして、再び顕微鏡を覗く ―― 仕事が嫌いになりそう。
初めてそう思った自分にもうんざりしながら、再び検査結果を持って走り出した。
時計の時刻は午前7時 ―― 外はもう日の光で明るい。
あれから数時間経った今、は心底疲れてラボの机上にうつぶせていた。
ぜぇぜぇと、未だに息は荒い。
もはや1日と12時間過ぎているが、睡眠や食事は愚か、休憩だってまだとれていなかった。
徹夜に慣れていないにとって、この日ほど忙しい日は無いはずだ。
それでも休むことは許されない。
まだまだ分析が残っているのだから、本当のところ此処でうつぶせているのもご法度だった。
ピー、ピー、と分析結果を伝える機械音を聴いた途端、ガバッと起き上がる。
立ち上がった際にめまいがしたが、にとってそれよりも分析なため再び走り始めた。
CSI内の廊下を、もう何度通ったか解らない。
しかしは再び走っていた ―― 速度は見るからに落ちているが。
ぜぇ、ぜぇと走ってカリーが居るラボへ向かい、分析結果を伝える。
そしてホレイショのオフィスに向かう。
頼まれていたDNA分析を伝えなくちゃ。その一心で走っていった。
「はぁっ、はぁっ・・・疲れたっ・・・」
流石に階段は辛いらしく、極端に速度が下がる。
一歩一歩階段を上がるは、自分の体の異変にやっと気付いた。
あれ?なんかフラフラする。
そう感じたは、体が後ろに傾いていることまで解らなかった。
足元が揺れたように感じ、重力に従うように後ろに倒れ落ちる。
「!?」
偶然その場を通りかかったホレイショは、急いで階段へ向かった。
地面に叩きつけられそうになったは間一髪、ドサッと彼の胸へ倒れこむ。
腕の中に納まったは気を失っていた。
怪我が無くてよかった ―― ホレイショは安心するように一息つき、彼女を抱き上げて医務室へ運んだ。
「・・・ん・・・あれ・・・?」
ゆっくり目を開けると、そこに広がるのは真っ白な天井だった。
ぼんやりと眠そうな目を開いたは、ふと隣に感じる気配に気付いて寝返りを打つ。
そこには ―今まで付き添ってくれたのだろう― ホレイショが腕を組んだまま眠っていた。
「・・・チーフ?」
小さく呟いた声でも気付いたのだろう、ホレイショは目を開ける。
そしての姿を捉えると心配そうな表情に変わる。
「、大丈夫か?」
「えーと・・・大丈夫ですけど、なんで私此処で・・・」
「覚えてないのか」
は申し訳なさそうに頷き、起き上がる ―― が、目が回って再び後ろへ傾いた。
驚きの声を上げてドサッとベッドへ倒れこむ。
「・・・起き上がれない」
「そりゃそうだ」
「え?」
ホレイショはの手を持つとグイッと手前に引っ張った。
反動では起き上がり、ホレイショの胸へ倒れこむ。
「、食事もろくに取らないで働いてただろう」
「・・・そうでした」
思い出したかのように呟く。
ホレイショを見上げて心配そうな顔をし、続けた。
「分析とか大丈夫なんですか?」
「いいから自分のことを心配しろ」
「でも・・・」
煮え切らない表情をするを、ため息をついて見つめた。
仕方が無いとばかりに答えてやる。
「心配するな、捜査技師が出勤し始めてる。のおかげだ」
優しく頭を撫でられ、は思わずうとうとと眠りそうになる。
腕を回して、ホレイショに抱きついた。
「どうした?」
「・・・お腹空いた」
「そうだろうな」
「・・・でも眠い」
どうしようもないジレンマに襲われているを微笑んで見つめる。
彼女の背に腕を回し、優しく抱き締めてやる。
眠気に負けたのか、暫くするとの寝息が聴こえ始めた。
安心するように眠っているの頭をもう一度撫で、起こさないようにそっとベッドに寝かせる。
気持ち良さそうな寝顔を見せているに短くキスを落とし、小さく呟く。
「すまなかった」
そしてもう一度キスを落とし、今度は声に出さずに言った。
「有難う」
眠っているの耳には恐らく届かなかっただろう。
ホレイショは微笑み、優しい目をして彼女の寝顔を見つめていた。