Moment
は早足で歩いていた。
会いたい人が居たから。頑張って分析も終えて今結果を渡しに行くところだった。
チーフ、褒めてくれるかな。
彼が言った「よくやった」っていう褒め言葉は、にとって潤滑油のようなものだった。
今や早足なのが軽く走ってしまっている。
化学ラボからホレイショのオフィスまで、少し遠いけどはすぐについてしまった。
軽快に階段を上り、ドアを開ける。
「チーフ、分析できましたー!・・・あれ?」
いつも座って迎えてくれる場所には居なくて。
は拍子抜けしてしまった。
「何処に行ったんだろ」
現場へ出ちゃったのかな。
だったら渡せない、と悲しそうな表情に変わっては扉を閉めた。
どうせなら電話じゃなくて会いたい。
臆病者だからはホレイショに“好き”とは言えないだろう。
でも、やっぱり会って話がしたいのが本音。
特に他の仕事が無かったは、ホレイショに会うべくCSI内を歩き回ることにした。
・・・しかし、何処にもいない。
休憩室にはデルコが居た。
がチーフ知らない?というと、デルコは苦笑いして「忙しい人だからね」と言った。
どうやら居場所を知らないみたいだ。
デルコに挨拶をして休憩室を出る。
次にレイアウト室に行った。
しかし此処にも居ない。はそそくさと次の場所へ行く。
今度は試射室だ。此処にはカリーが居た。
同じ台詞を言うと、カリーは首を振った。それどころか「電話してみたら?」と言われてしまった。
苦笑いをして、試射室を出る。
さらにAVラボへ向かった。
するとスピードルの姿が見えた。
同じ台詞を言うと、スピードルは「知らない」と答えた。
「現場に行ったんじゃない?」と言われ、は沈んだ表情でAVラボを出た。
次に向かったのは尋問室。
でも電気すら付いていない。隣の監視室も付いてないみたいだ。此処には居なかった。
今度はモルグを覗いてみた。
するとアレックスが遺体を閉まっていた。
「チーフ知らない?」の言葉に、苦笑いしながら「見てないわねぇ」と答える。
どうやらモルグの隣にある解剖室も居ないようで、がっかりして次の場所へ向かった。
さらにDNAラボへ行った。此処はいつもが居る場所。
しかしそこにホレイショの姿は無い。
ローラが居たから手を振り、行く場所が無かったはもう一度化学ラボへ戻った。
彼女は思い足取りでとぼとぼと歩く。
恐らくホレイショは現場に出てしまったのだろう。
電話するかなぁ、と最終手段を考えていた彼女の目に、待望の人物が映った。
しかし、隣に居た女性も共に映る。
ホレイショは化学ラボの前でイェリーナと話していた。
楽しそうに話している2人の会話は聞こえない。
もともと義理の兄妹だった2人だから仲がいいのは当たり前だろう。
しかし、には何となく解った。
解ってしまった。
やがてイェリーナはホレイショと別れ、歩き出した。
しかし彼は彼女の後姿を見つめている。
チーフはイェリーナ刑事が好きなんだ・・・亡くなった弟さんの奥さんを。
そう思うと胸がキュッと締め付けられた。
どうしようもない感情を大切に持っている自分がとても恥ずかしくなって。
は突っ立ったままどうしたらいいか考えてしまった。
やがて、ホレイショがの視線に気付いて振り向く。
ドキッとした彼女に、笑顔を向けた。
「?どうした」
彼女はただどうしたらいいか解らず、突っ立っていることしか出来なかった。
この恋は、必ず実らない。
実りを待たずに枯れてしまう蕾 ―― どうして枯れちゃうんだろう。
「?」
訝しい表情でホレイショが近づいてくる。
彼女は、どうしようもない気持ちに苛まれながら――・・・
「チーフ、分析結果が出来ました」
精一杯の笑顔で、一生懸命声を絞り出す。
もともとこのために探してたんだから、と言い聞かす。
ホレイショは近くまで来て、分析結果を受け取って言った。
「そうか。よくやった」
彼の、その言葉が彼女の胸をまた締め付けた。
見つけなければ良かった。
探さなければ良かった。
後悔ばかりが先回りしてしまう。
「?大丈夫か」
「・・・え?」
呼ばれるまで気付かなかった。
涙を溜めて、精一杯笑っていた自分に。
小さな蕾は一生咲かずに生涯を遂げる。
ただ、それだけなのに。
「大丈夫ですよ。寝てないだけです」
「そうか」
安心した表情をしたホレイショに、今度はきちんとした笑顔を見せた。
「・・・・・・頑張ってくださいね」
「何がだ?」
「私にも言えることです」
曖昧な答えを返して、DNAラボに帰るべく踵を返した。
泣くな、泣くな ―――・・・
彼から離れる間、その一心で歩いていた。
確か、DNAラボにローラがいた。
彼女のもとで、沢山泣こう。
そして、束の間の幸せだったと、感謝しよう。