Charm
午前4時という時間故に、CSI職員は殆ど居なかった。
急いでる分析もないため定刻通りに帰ることが出来るのだろう。
誰とも通り過ぎず、ホレイショは通路を歩いていた。
ふと、DNAラボが見える。
明かりがついているラボに、人影だ。
よく見なくてもわかった ―― ・の姿だった。
空色の白衣を身に纏って、大きめのタオルで髪の水気を取っていた。
まさか彼女が居るなんて思わなかったホレイショは、思わずラボへ入る。
ドアの音が聴こえたは振り向き、そして笑顔になった。
「あれ?チーフまだ居たんですか?」
「それはこっちの台詞だ」
何してる?と言われた彼女は濡れた髪を拭きながら答えた。
「シャワー浴びてたんです。今日は徹夜になると思ったから」
「急いで分析するものは無いと思うんだが」
「やってしまいたいんです、私が」
無邪気に微笑む。
意欲と好奇心に溢れている彼女は、早く自分の仕事を片付けて他の仕事を見てみたいのだろう。
タオルを椅子にかけて、今度はホレイショが訊かれる番だ。
「何してるんです?」
「書類の整理だよ」
手に持っているものを見せる。
はそれを受け取って読み、苦笑した。
「事件があるたびに書類が増えるんだから大変ですね」
「そうでもないぞ」
「デスクワーク嫌いでしょう?」
「事件が無いと俺たちの仕事がない」
「まぁ確かにそうですよね」
彼女は書類を返す。
ホレイショは受け取ったところで初めて香りに気付いた。
不思議そうな表情をして辺りを見回す。
甘く優しい花の香りがする ―― しかし、花なんてラボに置かれるわけがない。
「」
「はい?」
「香水替えたのか?」
彼女はその言葉を聞いた途端きょとんとした表情になった。
香水?とオウム返しに訊きながら、やがて理解したように手を叩いた。
「違いますよ」
髪を右手で救い上げて微笑んだ。
「シャンプーじゃないですか?」
「こんな香りがするものなのか」
「良い匂いでしょ」
私も気に入ってるんです、と嬉々とした笑顔を見せてくれた。
ホレイショも釣られて笑ってしまう。
「あと私、香水付けたこと無いですよ?」
分析結果に影響出そうですし。と、苦笑いをしたが、ホレイショはそれを否定した。
「そうは思えないな」
「え?」
「花に群がる蝶の気持ちが良く解った」
彼らしい微笑みを見せ、彼女の近くに一層寄った。
腰に手を回し、少し低い位置にある彼女の頭にキスをする。
わっ、と声を上げた彼女の目線に合わせて、ホレイショは「何だ?」と言いたげに首を傾げてやった。
彼女は驚いて目を開いていたが、やがて笑顔になって彼の胸に抱きついた。
「・・・良い匂いだ」
彼女の後ろ頭に手を回し、強く抱き締めて髪に顔を埋めた。
少し濡れている彼女の髪は、まるで桜花が近くにあるような気分にさせてくれる。
は少し照れたように、ホレイショの肩で顔を隠した。
毛先まで撫でて、ふと気付いた。
少し離れるとホレイショの両手が左右に伸びている髪へ ―― 優しく握った。
「そういえば、伸びたな」
「でしょ?」
が彼に目線を合わせてはにかむ。
「伸ばしてるんです」
「何故?」
「いいじゃないですか?長い髪って」
彼女は羨ましそうな表情をして微笑んだ。
「カリーみたいに長い髪を背中に垂らしたいんです」
「確かに彼女は長いな」
頷いた彼女は、右手で自分の髪を梳いた ―― 整えるように。
そして思い出すように言った。
「此処に来たばかりの時はまだ肩にかかるくらいだったんですよ」
「あぁ、覚えてる」
後ろ髪を撫でられる感触が届いた。
気持ち良さそうに彼女の目が細くなる。
今や彼女の髪は背中の辺りまで伸びていた。
確かめるように後ろ髪を前に送った ―― もう乾いたのか、さらさらと気持ち良い感触だった。
「チーフ?」
「何だ」
「そろそろ仕事に戻りたいなー・・・なんちゃって」
可愛らしい口調は彼女らしい。
ホレイショは微笑み、彼女を抱き締める力を強くした。
「・・・急いでないだろ」
そっと一束救い上げ、キスを落とした。
「もう少し、こうしていたいんだ」
いつになく甘えたホレイショを、は少しだけ驚いたがすぐに柔らかい笑みになる。
「仕方ないなぁ」
背中に手を回し、背伸びをして耳元で呟いた。
「女性のほうが身長が低いのは何故だと思います?」
答えを待たずに、囁く。
「髪の香りで男性を魅了するからなんですよ」
「蝶の気分はいかがです?」
「君が手に入れば、これ以上の倖せは無いよ」