Proposed
科学捜査課はこの日、いつもと違う様子だった。
それもそのはず、CSI公認カップルの放つ雰囲気が良くないからだ。
とホレイショ ―― いつも仲がいいこの2人、今は喧嘩中なようだ。
「ねぇ、」
どんよりした空気を身に纏ったは、カリーの呼び声に気付いて顔を上げた。
目が潤んでいる彼女は、これから泣くことが予想できていたのか目の辺りに化粧を施していなかった。
「カリー・・・何?」
「それはこっちの台詞よ。何があったの?」
心配そうな苦笑いを浮かべたカリーを、涙目では見る。
はぁ、とため息をついて再び机にうつ伏せ、ぽつりぽつりと話し始めた。
それは昨日のことだった。
出勤前に、何気ない買い物をするためは街を彷徨っていた。
いつもは歩いて出勤するが、今日は愛車である赤のミニ・クーパーを走らせている。
久しぶりにゆっくり市街を走っていた彼女は、さぞ気分良かったに違いない。
―― 街でホレイショを見かけなければ。
はふと、ジュエリーショップから出てくるホレイショの姿を見つけた。
「あれ?チーフだ」
誰に言うでもなく呟き、ハッとなって首を振る。
何時も言われていた ―― 名前で呼んでくれって。
心の中で反省しながらホレイショの姿を捉える。・・・その後店から出てきたイェリーナも。
え?思わず目を疑ってしまった。
自分の恋人と、義理の妹が仲良さそうにジュエリーショップから出てきたのだ。
2人は満面の笑みをして、人ごみに消えていった ―― が感じた一抹の不安を残して。
「それで、チーフに訊いてみたの?」
カリーの言葉には頷く。
「なんていったと思う? “食事ついでに寄った” って・・・何よそれっ!!」
バンッ!と机を叩く。
沸々と怒りが湧いてきたらしい ―― 突然のことにカリーは見開いて唖然とした。
「せめてオブラートに包んでよね・・・すっごくやだ」
再び机にうつ伏せる。
カリーは彼女に見られないようにラボのドアを振り向いた。
そこに待機していたのは、デルコとスピードルだ。
二人に言われて事情を聞いていたのだが、とても情緒不安定なに困った表情をした。
「・・・で、喧嘩したの?」
「ううん、喧嘩じゃない」
低い声で答える。微かに震えているのは、泣いているのだろうか。
「私が一方的に怒鳴っただけ」
いつだってそうなのよ、と付け加える。
カリーは隣の椅子に座り、そんな彼女の背中に手を置いた。優しく撫でてくれる。
「大丈夫?」
「・・・大丈夫よ」
「そうは見えないわ」
優しい声が身近に聴こえた。
そっと隣を見る。泣きそうな顔のは、おもむろにカリーに抱きついた。
「大丈夫じゃない」 と言えない代わりに抱きついたのだろう、小さく震えている。
カリーは尚も宥めるように撫でてくれた。
その日の午後、カリーとデルコ、スピードルは緊急会議を開いていた。
議題は勿論とホレイショについて。
仕事もせずに休憩室で開いているが ―全員仕事どころじゃないのだろう― 気にならないようだ。
「で、何が原因だったの?」
デルコの問いに、カリーは答える。
「が昨日、チーフとイェリーナがジュエリーショップから出てくるところを見たみたいなの」
「ジュエリーショップ?」
スピードルが怪訝な声を出した。
「チーフと義理の妹だよな。何でそんなところに居たんだ?」
「それが、チーフ曰く “食事のついでに寄った” んですって」
「食事のついで?白々しいな」
デルコが言った ―― スピードルも頷く。
「チーフは何か隠してる」
「でも何かしら?」
カリーを始め、全員が首を捻って考える。
やがて、スピードルが無難な考えをあげた。
「やっぱさ、プレゼントじゃない?」
「イェリーナに?」
「それが一番納得がいくよな」
デルコも肯定する。
うーん、と考え込んだカリーの代わりに別の声が飛ぶ。
「何してる?」
「え?」
ドアから一番聞くとヤバイ声が聴こえ、全員が振り返る。
上司であるホレイショだ ―― 怪訝な表情をしていた。
「あら、チーフ」
苦笑いを浮かべたカリーに、笑顔を返す・・・目は笑ってないが。
しかしスピードルは手招きをして、彼を呼んだ。
「チーフ、ちょっといい?」
「何だ?」
4人は机を囲むように立つ。
呼んだ本人が、率直に訊いた。
「昨日本当にイェリーナとジュエリーショップに居たの?」
「・・・から聞いたのか」
心なしか、少し辛そうな表情をする。
しかし返事は裏切られるものだった。
「そうだ」
「本当に居たの?」
「あぁ」
思わず3人は目を合わせてしまった。
ホレイショがどんなにを大切にしているか、3人は知っていた。
だから裏切ることをした彼に驚いてしまったのだ。
が悲しむことは絶対しないだろう ―― その思いが空回る。
「・・・でも、何か理由があるんでしょ?」
デルコが信じられないとばかりの口調で言う。
他の2人もホレイショの方を向いた。―― もはや祈るような気持ちを持っていた。
彼は暫く黙り、思案するように目を動かす。
やがて、言い辛そうに呟く。
「――― それは言えない」
一瞬目が翳る。
しかしそれはほんの束の間で、すぐに仕事中に見せるきりっとした表情をした。
「とにかく仕事をしろ。いいな」
有無を言わさない表情に、3人は肯定の返事をする以外に何も言えなかった。
デルコ、スピードルが休憩室を出る。
最後にカリーが出ようとしたが、ホレイショが呼び止めた。
「カリー」
「何?」
「・・・は?」
それ以上は言わなかったが、動向が気になるようだ。
きょとんとしたが、彼女はやがて苦笑いを浮かべた。
「情緒不安定、が一番似合う言葉ね」
彼を置いて先に出る。
カリーの言葉を聞いたホレイショは、いつもみたいに手を腰に当てる ―― 目を閉じて下を向いた。
は仕事をせずにただうつ伏せていた。
幸い、何も事件は起きていない。 ―― 仕事をする気になれないのは、上司が恋人だからだろう。
今一番会いたくない人が、よりにもよって上司だなんて。
ため息をつく。同時にまた涙が零れ落ちた。
何度も涙をこぼし、その度に空色の白衣で拭った。
おかげで袖の部分だけ淡いブルーに変わっている。
綺麗な緑色の瞳が、少し赤く充血している。
急に、近くにあった内線が鳴る。
ゆっくり顔を上げたは、仕事かと思って取った。
そんな気分じゃない ―― そう言いたげに返事をする。
「・・・はい」
『か?』
思わず目を見開いてしまった。
今一番会いたくない人、でも大好きな人 ―― ホレイショの優しい声が聴こえる。
口を噤んでしまった。
ホレイショは尚も続けた。
『頼む、オフィスへ来てくれ』
いつもの口調だが、何だか違う彼のような気がした。
は暫く黙っていたが、小さな声で呟いた。
「・・・・・・はい・・・」
仕事よ、仕事で呼び出したの。
は一生懸命自分に暗示を掛ける。
“仕事” だったら何も無い顔で会える気がした。
立ち上がり、重い足取りでラボを出る。
階段を一歩一歩上がっていく。―― 途中で涙が零れそうになったが、何度も白衣で拭う。
何度も拭うから目の周りが赤くなっていた。
通りかかったカリーが、ホレイショのオフィスへ向かっているを見る。
吃驚した表情を露にしたが、すぐに嬉々とした笑顔になった。
恐らく女性の勘と言うものかもしれない ―― 仲直りする、そう思ったのだろう。
デルコとスピードルを呼びに、早歩きで廊下を通っていった。
控えめなノックがオフィスに響いた。
ホレイショの声が聴こえる。
ドアが開き、沈んだ表情のが入った。
薄暗いオフィスのデスクに、ホレイショが座っている。
この日初めて彼女は彼を見る ―― 辛そうな表情をしている彼を見て、胸がズキンと痛んだ。
「な、んですか・・・」
気まずいのだろう、の声が震えていた。
おもむろに立ち上がり、ドアの前に立っている彼女へ向かう。
腕を掴まれて部屋の中へ連れて行かれた。
「・・・いたっ・・・」
抵抗しようと手を振ってみたが、振りほどけない。
彼の意のまま歩かされたは、ソファに座らされた ―― ホレイショも隣に座る。
何かを言おうとした彼女よりも、ホレイショが口を開いた。
「俺は、これ以上無いほど大切なものを見つけたんだ」
の目が伏せる。
彼女の両肩を支え、ホレイショは覗き込むように微笑んだ。
「俺はもう、生涯二度とこの言葉を言わないだろう」
彼女が顔を上げる ―― 頬に涙が伝った。
ホレイショが上着から取り出したのは、小さなベルベットの小箱だった。
開くと、薄暗い中にキラッとしら光が見える ―― 指輪だ。
小さくてとても引き込まれるほどの輝きをしているダイアモンドが見えた。
「・・・え?」
目を疑ったに差し出す。
ホレイショは優しい笑顔を見せて、言った。
「 Will you marry me? 」
いつもと違って、とても優しく ―― とても愛しい声だった。
ただ驚いた表情のまま涙を流していたは、顔をくしゃっと崩して答えた。
「 ...Yeah......Yeah! 」
堰を切ったように泣いている彼女の左薬指に、エンゲージリングをはめる。
ぴったりだったようで、彼女の薬指が煌びやかに輝く。
寄り添った二人は、誓いの口付けを交わした。
“永遠に愛してる” ―― そう確かめ合うように・・・。
落ち着いたは、改めて薬指の指輪を見る ―― そして、ハッと気付いたようだ。
「これ、買いに行ってたんですか?」
照れた笑みを浮かべ、ホレイショは彼女の髪を書き上げる。
「・・・あぁ、イェリーナの知恵を貰ったんだ」
「そうだったんだ・・・」
ホッと胸を撫で下ろす。
何でもなかったどころか、こんなサプライズが待っていたのだ。
は心の奥から思っただろう ―― 倖せ者だ、と。
ふと、ドアの方から視線を感じた。
が見て、釣られてホレイショも目を向けた。
ドアの向こうに見知った同僚が3人・・・盗み聞きしていたようだ。
2人は視線を合わせて、微笑み合った。
ガチャッ、と敏速にあけて、仰天したカリー、デルコ、スピードルに向かって満面の笑みを浮かべる。
「 We're engaged!! 」