Dog Phobia

 DNAラボのドアからホレイショの声が聴こえ、が振り向いて笑顔を見せた。
 椅子から立ち上がり、ドアにもたれる彼の近くへ寄った。
「何ですか?」
「分析はどうだ」
「とりあえず一区切り付きましたよ。あ、結果はデルコに渡しました」
 左手でVサインを作ったに笑顔を見せた。
「そうか。なら、一緒に食事でも行かないか」
「食事?行きます!」
 彼女の笑顔が輝く。
 現時刻は11時なのだが、彼女は朝食も食べずに顕微鏡を覗いていたため、お腹が空いていたのだ。
 ホレイショは彼女が肯定の返事を出すのが解っていたのか、一言だけ残してオフィスへ向かっていった。
「じゃあ10分後に1階ロビーで待ち合わせよう」
「解りました!」
 元気のいい返事を返し、はロッカールームへと向かった。



「で、何処へ行くんです?」
 署のドアを抜けたが訊く。
 彼女の問いをホレイショは問いで返した。
「君は何処がいい?」
「え?んー・・・日本食以外なら。昨日食べたんです」
 ホレイショは少しの間空を仰ぎ見て、それから苦笑いを浮かべているを見る。
「なら少し散歩しないか?その間にいいカフェを見つけよう」
「それいいですね!」
 マイアミをゆっくり探索する時間が無い彼女にとって、それは束の間の安らぎとも言えるだろう。
 肯定の返事を聞いた彼は喜ぶ彼女を見て微笑み、階段を下りて歩道を歩き始めた。

 ここしばらくは事件が相次ぎ、ゆったりとした時間を取ることが出来なかった。
 久々に感じるゆったりとした空気に、思わずは気持ち良さそうに深呼吸をした。
「たまには散歩もいいですねー」
「そうだな」
 ホレイショも安らいだ表情で彼女の隣を歩いている。
 移動となるとSUVを走らせる彼も、散歩をするのが久しぶりなようだ。
「風が気持ち良いな」
 爽快な風を感じて、彼の言葉にが微笑んだ。彼女の髪がさらさらと揺れる。
 肩より少し長い髪は、気持ち良さそうに風を受けて流れる。
「海からの風ですね」
 風は、微かに潮の香りを乗せて吹いていた ―― マイアミビーチが近いからだろう。

 途中、犬を連れた女性とすれ違う。
 ホレイショは何も思わなかったが、の表情は瞬時に強張った。
「わっ!」
 犬が近づいたとき、彼女は慌てて彼の後ろに隠れる。
 何事もなくすれ違った後、ホレイショは不思議そうに振り向く ―― 目が合い、苦笑いをして隣に並んだ。
 彼女の行動から予測した彼は、まさかと思いながらも訊いてみる。
・・・犬が怖いのか?」
「まさかっ!!怖くなんて無いですよ、全然!!」
 声を張り上げて否定したが、全く説得力が無い。
 くすくすと笑いながら「そうか」と言ったホレイショを睨む。しかし何の効果も無いだろう。
 彼はふと前方を見て、唖然としてしまった。

 なんと、向こうから犬が走ってきているのだ。
 茶色い毛を持つダックスフントだろう、少し大きな身体を上下に揺らして走っている。

「・・・
「へ?」
 指を差され、彼女が釣られて前を見る ―― そして犬の姿を捉えた彼女は恐怖の表情を浮かべて硬直した。
 ハッハッと下を出していた犬はリードをはためかせながらの足元へ来る。
 来ないで!と心の中で叫んだ声は無常にも神の元へ届かず、犬は擦り寄ってきた。
「ひゃあぁあっ!!」
 堪りかねて叫んだ彼女は動転してホレイショにしがみついた。
 ホレイショはというと、そんな彼女を見て笑っている。
 犬は彼女を気に入ったようで、ワンッと吼えて今度は2足で立ち上がって彼女の足に抱きついてきた。
「きゃあぁっ!!ち、チーフ助けてっ!!!」
 彼女は必死で助けを求めた ―― ホレイショは笑いながら犬を抱き上げた。
 犬が同じ視線の場所になった途端、彼女は素早く後退る。
 どうやら本当に犬が苦手なようだ。

 ホレイショは微笑んだまま訊いてみることにした。
「何故そんなに怖がる?」
「怖くないの!!嫌いなだけなんです!!」
 再び声を張り上げたが、ホレイショがそんな言葉では納得しないと思ったのか、やがて苦い顔になった。
「・・・実は、小さい頃咬まれたんです・・・犬に」
「犬に?それがトラウマになったのか」
 小さく頷き、は決意するように「もう一生触らないもん」と呟く。
 じーっと、ホレイショの腕の中の犬を睨むように見る。
 彼には彼女が何を考えているのか解らないが、さっきから目が涙目になっていた。
 本気で怖がっているようには見えるが、このままではダメだろう ―― ホレイショは彼女の手を掴んだ。
「えっ゛」
 嫌な予感を感じたのだろう、が怪訝な表情をした。
 案の定、彼はの手を片手に抱く犬に近づけ始めた。途端にが絶叫する。
「ぎゃー止めてっ!!無理ですってチーフ!!」
「いいから触れ。事件に犬が関係していたらどうするんだ」
「そんな事件ないですっ!!」
 再度きゃあきゃあと喚きながら嫌がったが、所詮ホレイショの力に彼女が敵うことはない。
 震える手が無邪気な犬の頭に乗った ―― ふさっとした感触がある。
「ひゃあっ!!」
 バッと手を退けるも、意外そうな顔をしたは恐る恐る手を伸ばした。
 舌を出す犬の頭に乗せる。
 自ら手を乗せたことに微笑んだホレイショは、優しい声で言ってあげた。
「撫でてみろ」
 怯えながらも、彼女の手はぎこちない動きで撫でてあげる ―― 犬は気持ち良さそうに目を細めた。

 少し経って、再び手を退ける。
 ホレイショを見たの表情は嬉しそうだった。
「やったぁ触れたっ!!見た!?」
「あぁ見たよ。よくやった」
 満面の笑みでその場でジャンプをする彼女をホレイショは一歩前進したとばかりの笑顔を見せる。
 すると、犬は彼の手から降り、再び前方へと走って行く。
 突然のことに2人はきょとんとして犬の行方を見ていた。
 小さくなった犬は、向こうから見えた女の子に抱き締められたのが見えた。
 どうやらあの女の子が飼い主なのだろう。
 リードを持って再び陽炎の中を消えていった。


 ホレイショとは暫く前方を見ていたが、やがてがかみ締めるように囁いた。
「チーフのおかげで触れました」
 その言い方は、今まで克服しようとしたがダメだったという諦めも含まれていた。
 頑張れば何とかなるトラウマだと解ったのだろう。“犬嫌い”が解決されるのも時間の問題だろう。
「怖くなかったか?」
 ホレイショは微笑んで訊いた。
 彼女は何も言わずに苦笑する ―― まだ怖さは残る。
「でも、もう大丈夫です!」
 触れられたことに満足したのか、は気分良さ気にホレイショの腕に手を回した。



「・・・散歩するのもいいですね」
 そう囁いたに肯定の返事を返した後、優しく見下ろした。

「また散歩しないか?」
「いいですね・・・賛成です!」



 温かい日差しの中、彼らは再び歩き出した。



■ author's comment...

 えー、書いちゃいました。
 別に犬嫌いにするつもりは無かったんですけどね。こういうのは始めて書きました。
 私は犬どころか猫も大好きです!!(猫アレルギーだけど)
 だからも大好きにしたかったんですが、嫌いだって話も面白いかなぁと思いました。
 何より犬嫌いなヒロインなんて初ですからね、うちのキャラで(笑)
 ほのぼのしたお話が好きです。
 事件の合間の日常が大好きです。何より、が居るからほのぼのしちゃうんですよねぇ・・・。

 date.06---- Written by Lana Canna


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