Because of You
 喧嘩をした。
 しかし、喧嘩と言うにはあまりにも偏ったものだった。
 怒鳴るのはの方で、ホレイショは静かに彼女を見つめていた。



「どうして自分を隠したがるの!?」
 ホレイショのオフィスに、恋人であるの声が大きく響き渡った。
 彼女は立ったままソファに座る彼を見ている ―― 彼もまたそんな彼女を見つめる。
は自分を見せすぎるんだ」
「そんなことない!だって私たち恋人じゃない!!」
 冷静な面持ちで受け止めるホレイショが余計苛立つのか、彼女の声はとても大きい。

 喧嘩の理由は至極単純なもの。
“ホレイショの過去が知りたかっただけ” ―― それだけだった。
 数時間前、仕事の合間にホレイショのオフィスで休憩を取っていたは、彼の腕に包まれたまま訊いてみた。
「ねぇ、ホレイショ」
 甘く高い声をあげて見上げる。
 彼はいつも見せてくれる笑みをしたまま「何だ?」と答えた。
「弟さんってどんな人だったの?」
 彼女が興味深そうに訊いた瞬間、彼の表情が暗くなる。
 何か訊いちゃ不味いことだったかなと思ったが、彼が答えた言葉を聞いた瞬間彼女も表情を凍らせた。
には関係ない」
「・・・え?」
 その言葉が、を自分の心の中に入れまいとしているように聴こえた。
 本当はこれ以上詮索する気は無かった ―― が、は怪訝な顔をして訊いてしまった。
「どうして関係ないの?」
「昔のことだからだ」
「何よそれ」
 ムッとして彼から離れる。
「好きな人の生い立ちくらい知りたいなんて思わないの?」
「俺は思わないな」
「そりゃそうよ、もう知ってるもの」
 腑に落ちないように彼女は言う。
 ホレイショはの恋人以前にCSIの主任だ。メンバーの過去を知らないわけが無い。
 焦燥の表情をする彼女に、彼は冷静に返す。
「でも俺は今の君だけで良い」
「本当に?私が昔どんな男の人と付き合ってたか知りたくないの?」
 わざと顔を上げ、見下すようにホレイショを見るが、彼は首を振った。
「知りたくないさ」
「私は知りたい」
「知ってどうする?」
「・・・別にどうだっていいじゃない」
 ホレイショはため息を付いた ―― それがの感情を逆撫でさせた。
「この話はもう止めよう。昔のことは言いたくないんだ」
「どうして!?」
 勢いよくソファから立ち上がる。
 ホレイショを見下ろしたは、うっすらと涙を浮かべて睨みつけた。
 こうして一方的な喧嘩が始まったのだった。


 の表情は怒っていると言うより、もはや泣きそうなものに近かった。
 怒りの影は見えるものの、悲しそうな目をしている。
 やがて、彼女の頬が涙で濡れ始めていた。
 ホレイショは静かなまま、だが優しくこう言った。
「なぜそんなに過去が知りたいんだ」
「・・・ “好きな人” だからですよ」
 下を向いて辛辣に、彼女はわざと敬語で呟いた。

「早退します」
 一言呟き、は踵を返してオフィスを出て行った。
 階段を下りて行った彼女が、涙を拭っていた姿が見えた。

 唯一人残されたホレイショは、ソファに座り込んだままため息を吐いた。





 自宅に帰ってきたは、まっすぐ寝室に向かった。
 浮かない表情はCSIを出たときから変わらず、ドアを開けっ放しにしてそのままベッドへダイブする。
 嗚咽を押し殺しながら肩を小さく震わせている ―― ふと、ベッドの棚に置かれている写真を目に入れた。
 何枚も写真立てに入れて飾られている。どれもCSIで撮ったものだ。
 一番前にある写真には捜査官全員が写っていて、とホレイショは真ん中に立っていた。
 ・・・これ、付き合ってるのが皆に知れたときに撮ったんだっけ。
 丁度デルコがカメラを持っていたから記念に撮らされたものだった。
 隣同士に写るとホレイショは、微笑んでお互いを見つめ合っている。
 その後ろには2人きりで写された写真が飾られていた ―― 今と違い、とても幸せそうな笑顔だ。

 耐えられなくなって、身体を起こして写真立てを倒した。
「ホレイショのことが知りたかっただけ、なのになぁ・・・」
 そのままベッドに座り込み、次々と溢れる涙を手で拭った。

 不意にチャイムの音が聴こえ、彼女が顔を上げて前方を見る。
 壁しか見えないが、玄関の向こうまで見えたような気がした ―― 恐らく、立っているのはホレイショだろう。
 立ち上がらず、ただ前だけを見据えた。
 絶えず涙は溢れてきて、何度も拭う。

 チャイムは何度か鳴って、やがてその音を止めた。
 しんと静まり返った部屋が、やけに哀しく感じる。

 ・・・もう諦めたの?

 切なそうに目を細めた。またしても涙が頬を伝う。
 伏せようと移動させた視線は、ふと斜め左に立てかけてある全身鏡に向けた。
 自分の惨めな姿は見たくなかったはずなのに、彼女は目に留めるとそこから動かせなくなった。
 目を見開き、愕然とした面持ちで鏡を見た。



 鏡に映っていたのは、柔らかい笑みを浮かべた女性だった ―― 心なしか、に似ている。
 だが、その女性は長い髪を背中に垂らしていて、どこか顔立ちが大人っぽい。
 彼女はベッドに座っているに優しい笑顔を見せている。
 そして彼女はとても愛おしい視線で横を向いた。

 鏡の右側から背の高い男性が写った。
 何処となく見たことがある ―― ホレイショ?しかし一層大人っぽく感じる。
 男性は女性の隣に並び、彼女は彼に寄り添った。そしてを見る。
 2人はぽかんとしていたに微笑みかけた・・・見覚えのある笑顔が鏡越しに見える。

 彼は視線を外し、左側を向いて手招きをした。
 仕草も全てホレイショに似ていて、思わずドキッとしてしまう。
 少し経つと、可愛らしい女の子が男性の下に駆け寄ってきた。
 ちらっとの方を向く ―― 5歳くらいだろうか?子供らしい無邪気な笑みを見せてくれた。
 オレンジがかったブロンドの髪を腰まで伸ばしている。
 何故だか解らないが、は一瞬見ただけなのにとても愛らしく感じられた。
 鏡の中の男性が女の子を抱き上げ、女性が彼の腕の中に納まる彼女の髪を撫でた。
 彼女は手の中に持っている写真のようなものを見せ、女性は幸せそうに男性にキスした。

 至福の微笑みを交わした2人は、もう一度を見た。
 驚いて鏡を見ていたが、は涙をぽろぽろと流す。
 ふと、鏡の中の女性が見守るような笑顔を見せて何処かを指差した。
 釣られるように、ゆっくり右を向く ―― ドアの向こうに見えた景色に、目を疑って立ち上がった。
 何も言わず寝室のドアまで歩き、リビングの大窓を見る。


「・・・ホレイショ」

 窓の向こうにホレイショが立っていた。
 喧嘩したばかりとは思えない、優しい笑みを浮かべている。
 はゆっくり近づき、窓に左手を当てた・・・右手で開錠し、ゆっくりと開ける。
 そして駆け出し、彼の胸に飛び込んだ。
 ドサッ、と彼女をしっかりと受け止めて抱き締める。


「ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい」
 くしゃっと顔を崩して泣き出したを、きつく抱き締めてホレイショは囁いた。
「・・・俺の方こそすまない」
「ううん、あなたが謝ること無いの」
 彼の顔を見上げ、不器用な笑顔になった。

「過去なんていらない。私たちには素晴らしい未来が開けてるもの」

 の笑顔を見たホレイショは、いつも見せてくれる笑みを浮かべる。
「何かあったのか?」
「・・・未来がね、見えた気がしたの」

 きっとそう。
 柔らかい笑みの彼女を少し驚いた表情で見たホレイショは、すぐに笑顔に戻した。
「俺は君の隣に居たか?」
「えぇ ―― 私達は女の子と幸せに暮らしてたわ」
 微笑み合った2人は、愛を感じながら唇を重ねた。

 鏡に映っていた男女は、嬉しそうに笑い合い、そして消えていった。
 消えていく前に女の子が写真を落とす ―― 写真は鏡をすり抜けて床に落ちた。


 鏡の前に落ちた写真は、たった今リビングでキスをする2人を写していた。



■ author's comment...

 えーと、紫苑さんのリクエスト “喧嘩夢” でした。
「思い立ったが吉日」ということで、細かくプロットを決めてすぐ書き始めました。
 おかげでこんなに早く出来上がった・・・どうしよう、私って意外と暇人だな(汗)
 というか、やる気が起きないと放置してしまうので(涙)
 短い気がするんですが、こんなので良ければ貰ってください。

 ちょっとファンタジー混じっちゃったけど良かったんでしょうか。
 鏡の向こうに見えた家族は未来の姿 ―― 子供まで居ました。
 ちなみに女の子が持ってた写真なんですが、未来の2人が撮った・・・のかな?(訊くなよ)


 date.06---- Written by Lana Canna


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