Promise
仕事が一段落ついたのか、は眠そうに欠伸をしながらラボに帰ってきた。
そこに居たのは青い白衣を着ているスピードル。
なにやら分析をしてるみたいだ。
「スピードル、何してんの?」
後ろから覗き込んでも反応が無い。
微かに音楽が聴こえる・・・見るとヘッドホンをしていた。
大音量で、軽くノッてる気がするのはの気のせいではないだろう。
「スピードル!」
大きな声で呼んでも聴こえていないようだ。
怒りが沸々と湧いてきたのか、そのヘッドホンを掴むとバッと取ってやった。
突然のことに驚いたらしく、スピードルがこっちを見る。
「・・・何だか」
「何だじゃないでしょ。さっきから何度も呼んでるって言うのに」
どうやらスピードルはホレイショかと思ったのだろう。
ふーっとため息をつき、驚いた顔を隠して尋ねてきた。
「で、何?」
「何してるのかなーって思って」
「そんなことかよ」
「別にいーじゃない」
彼は椅子をずらして顕微鏡を指差す。
まるで見てくださいと言っているような動作だ。
「現場にあった毛髪。でもなんか変なんだ」
「変って?」
左右に垂れる髪を持って覗き込む。
普通の人間のものだと思うのだが・・・スピードルの言ったとおり変だ。
「これ、フェイクじゃない?」
「だろ?毛根が可笑しい」
人間の毛だと思うのだが毛根に何かボンドのようなものが付いている。
カツラだろう、犯人は抜かりが無いようだ。
「でもカツラにしては毛が本物のようね」
「今はそういうものもあるのかと調べたんだけど、この辺じゃ売ってないんだ」
「・・・うーん・・・」
そういえば、前に美容師から聞いたことがある。
日本では “エクステンション” っていって、髪に本物のものを編みこんで長く見せるらしい。
もう一度顕微鏡を見る・・・今度は毛根を。
「これが現場にあったの?」
「そうだけど」
「被害者は日本人?」
「いや、米国人だけど・・・なんでそこで日本が出てくるわけ?」
なら確信が付く。
は自信たっぷりに言った。
「じゃあ犯人は日本人の女性か帰国者だ!」
「何を根拠に言ってるのさ?」
「だってね、」
自分の髪を掴み、説明をしてみた。
「今日本では本物の髪を編みこんで短い人でも長く見せる技術があるんだよ。エクステンションって言うの」
「へぇー?聞いたこと無いな」
「美容師さんから聞いた話によると、まだアメリカでは出来ないみたい」
「・・・って事は、それが出来るのは日本だけだ」
「そう!カツラのような接着剤だけど本物の長い髪、その技術だったらどれにも納得がいくわ」
なるほど、とスピードルが彼女の言葉をメモしていった。
の知識は科学の枠を軽く飛び出せることが出来る、メンバーにとっては意外と頼りになる存在だ。
「日本からサンプルを送ってもらうって事で、一件落着!」
「そんな簡単に言うなよ」
で、用って何?
改めて聞いたスピードルに、少し思索したは輝いた笑みを向けた。
「スピードル、ご飯食べた?」
「いや、まだ」
「じゃー食べに行かない?私これから行くところなんだけど」
仕事が一段落しないと食事にも行けないのだが、開放されたときはとても嬉しくなる。
彼女の笑みはその全てを物語ってくれた。
「いいけどちょっと待っててくれる?」
「ん?まだ仕事あるの?」
「まぁね。アレックスのところで検死の見学」
「うわ〜食事前に?・・・まぁ私たちには時間帯なんて関係ないけどね」
そこまで言ってはたと気づき、は素直に疑問を口にしてみた。
「・・・そういえば、私たちって色んな死体を見てるよね」
「まぁね、それが仕事だし」
「実は、最近話題のホラー映画を借りてみたの。血がドバーってして、グロテスクなやつ」
内容とは裏腹に、彼女の表情はパッとしない。
「でも全然気持ち悪くも無いんだよ。血の量も足りないし、全然エグくないの」
「そりゃ本物を見てるから当然だろ」
スピードルは即答し、自分もホラー映画を見てみたことを話す。
「俺も借りたことあるけど、つい観察してしまうな」
「観察?」
「あぁ、観察。 “この位置は腎臓だ” とか、 “あの深さでこの血の量は可笑しい”
とか」
「えー・・・なんだか別の楽しみ方だね」
「そうでもしないと楽しめないんだよ」
顕微鏡に乗るプレパラートを片付け、スピードルは振り返る。
少し思い出したような表情だ。
「あの映画は面白かったよ、 “クジョー” だっけ?」
「クジョーって、狂犬のやつ?」
「そう。恐怖感は出てたから、も見てみたら?」
「・・・犬なんでしょ?」
それが?と言いたげなスピードルの目だ。
は苦笑いをして両手の人差し指で “×” を作った。
「犬は・・・嫌。だって怖いもん」
「なんだそりゃ!」
あ、笑った。
は何だか不本意な気持ちになってしまうのだが、何も言わずに睨みつける。
しかしスピードルは笑いながら立ち上がるだけで何の効果も得られなかった。
「行こう」
「え?」
「何だよその不満そうな声は」
だって尚も笑いながら言うんだもん。
心の中で呟いたが、口に出すことはなかった。
「解剖室、行かないなら一人で行ってくるけど」
「待って行く行く!」
一人で先に行くスピードルを、慌てては追いかけていった。
彼に並ぶと、さっきの話題を掘り返す。
「・・・ホラー映画って怖くないんだけど、一人では観たくないのよね」
「なんで?」
「雰囲気で出てきそうなんだもん、幽霊」
「、科学者の癖にそんなもの信じてるわけ?」
表情には出てないが、スピードルは思ったより驚いてるようだ。
しかし頷くはとても怖がっているようだ・・・エグいものは平気なくせに。
「だから、今度一緒に観ようよ」
「・・・いいよ」
「やった、約束ね!」
黙ったまま頷くスピードルを観ると、嬉しそうな表情を作って前を見据えた。
この約束は、近いうちに果たされる。
二人はそれぞれいつにしようか考えているくらいなんだから。