Therefore I Kiss
食卓には沢山の料理が並んでいる。
もうすぐ大切な恋人が来るから、が腕を揮って作り上げたのだった。
久々の休みだからこんなことが出来る。
彼女は心の中でホレイショに感謝した。彼が休めと言ってくれたからこんなことが出来るのだから。
「・・・そろそろかな」
エプロンを取ったは玄関へ向かった。
案の定、遠くからバイクの音が聴こえてくる。
彼女の待ち人はスピードル。
にとって一番大切な存在が、仕事の同僚であり恋人の彼だった。
CSIでは他のメンバーにからかわれるため、あまり二人で話せなかった。
もともと二人はからかわれることが好きじゃない。
だから職場では “恋人” ではなく “仕事仲間” として接してしまうのだ。
でも、今日は休暇。
場所もの家だ。何も邪魔をするものは無い。
バイクの音が止まった途端、彼女は満面の笑顔になった。
チャイムの音と共にドアを開ける。
「いらっしゃい!」
「うわ、吃驚した」
ドアの向こうに立つスピードルは目を見開いていた。
「出るの早いな」
「だってバイクの音が聴こえたもん」
ドアを閉めて勝ち誇ったように言った。
するとスピードルは 「あぁなるほど」 と納得したように頷いた。
は笑顔を崩さずに問いかける。
「ね、お腹空いてない?」
きっと空いてるだろうと思って訊いたのだが、予想に反してスピードルは「いや空いてない」と言った。
「えっ!あの大食家のスピードルが!?」
「大食家?誰が言ったわけ」
「デルコだけど、違うの?」
確信を込めて訊いて見た。
彼女もスピードルは大食家だと思っているからだ。
一緒にランチへ行った時、実際にかなりの量を食べていた彼を良く知っている。
スピードルは少し黙った後こう言った。
「別に」
彼女が思うに、 “別に” = 「その通り」 だろう。
くすくすと笑うとスピードルが振り返った。
「何さ」
「別に?」
敢えて同じ答えを出してやった。
リビングへ移動すると、が腕を揮った料理たちがテーブルに並んでいるのが見えた。
それを見てスピードルは感嘆の声を上げた。
「凄いなーこれ」
「頑張ったもん。なのにお腹空いてないんでしょ」
はぁー、とあからさまにため息をついてみる。
するとスピードルはチラッとのほうを見て、「ごめん」 と呟いた。
彼は沢山の料理たちからハンバーグステーキを見つけ、フォークを取る。
そして器用に切り、口へ運んだ。
「お腹空いてないんじゃないの?」
驚きを隠さず訊くと、スピードルは微笑んでこう言ってくれた。
「美味いじゃん」
「本当!?」
「って料理上手なんだな」
もう一口とばかりにフォークを口へ運ぶ。
そんなスピードルを、彼女は嬉しそうに見ていた。
「・・・何?」
「作った甲斐があったなぁって思ってたの」
「また作ってよ」
「もちろん!」
楽しそうに笑いあい、ふと視線が絡まる。
自然と笑い声が小さくなっていき、二人の声が聴こえなくなった。
「」
「・・・なぁに?」
「もっとこっち来て」
手が差し出され、彼女は微笑んでそれを握った。
するとスピードルが引っ張ったのか、の体が大きく傾いた。
「わっ」
ドサッと音を立て、彼女はスピードルの腕の中へ倒れこんだ。
彼はを優しく包み込む。
「吃驚した・・・」
小さく呟いたをスピードルが声を出さずに笑った。
何笑ってんのよ、と言いたげに上を見上げたは、背中に違和感を感じた。
「あれ?」
「どうした?」
「・・・やったわね」
まるで知らないとばかりにきょとんとしたスピードルを睨む。
しかしは確信を持っていた。ブラのホックを外せるのは彼以外存在しないのだから。
「そんなに怒ることないだろ」
スピードルはそう言っての背中に腕を回す。
優しく抱き込まれ、小さく身じろいで彼女も抱き締め返した。
「別に怒ってないよ」
「嘘つけ」
そう言ってを大切そうに抱き締める。
ぎゅっと強い力になり、お互いに体温や心音が聞こえそうなほど近づいた。
仕事場とは違う “恋人” の彼はまた違った魅力を感じられる。
にとって大切な時間なのだが、ふと疑問に思ってもう一度見上げてみた。
「例え、どんなにきつく抱き締めても一つにはなれない」
彼女の言葉を聞いたスピードルが視線を合わせる。
「何?それ」
「誰かがそう歌ってたの」
エメラルドグリーンの瞳が一瞬悲しそうに翳った。
「・・・なれないの?」
一言に彼女の全てが詰まっていた。
“所詮は二つの人間。一つになるなんて夢なだけ”
そんな想いを否定したい、そんな気持ちが十分伝わっていた。
束の間の静寂を経て、やがてスピードルが片腕を彼女の髪に触れる。
そっと近づき、口づけを交わした。
触れるだけのキス。
だけど愛のあるキスだった。
離れると、スピードルが微笑む。
「ほら、なれた」
「え?」
不思議そうな瞳を見せたを、もう一度きつく抱き締めた。
「だったら、人間は一つになるためにキスをするんだ」
彼独特のゆったりした、しかし理論的な答えが返ってくる。
きょとんとしたの頬にキスを落とした。
「・・・そうなの?」
「俺はそう考えた。だからキスした」
「・・・変なの」
言葉とは裏腹に、は嬉々とした笑顔を見せた。
そして、今度は彼女からキスをしてやった。
暫く熱のこもった口付けを交わし、ふとスピードルは離れる。
「、寝室行く?」
「・・・せめてオブラートに包んでよ」
呆れた表情を見せたが、それは一瞬ですぐ笑顔に戻る。
黙ってスピードルの手を引いて隣の部屋へ続くドアを開く。
入るともう一度抱き締め合い、そのままベッドへと倒れこんだ。
「スピードル」
「何?」
「大好き」
「知ってるよ」
スピードルを見上げて微笑むと、彼も微笑み返してくれた。
を下敷きに覆いかぶさったまま、今度は激しいキスをし始めたその時だった。
ベッドに備え付けてあった棚からけたたましい機械音が鳴り響いた。
「・・・ちょっ、待って」
スピードルの手を退かせて携帯電話を取り、耳に当てた。
短く返事をして、すぐ切る。
もう一度見上げたの表情は申し訳なさそうなものへと変わっていた。
「・・・チーフから、出てきてくれって・・・」
「・・・嘘?」
スピードルは珍しくがっかりした表情を露にする。
そんな彼にもう一度、触れるだけのキスをして言った。
「仕事が終わるまで、おあずけよ」