Unusual
ロッカールームでスピードルは鞄を漁っていた。
これから休憩時間だ。
財布を出して食事をしに行こうと考えているのだろう。
スピードルの背後にが現れるまで、彼は自分のロッカーの前で漁っていた。
「スピードルだ、おはよー」
馴染みのある能天気な声が聴こえ、スピードルは自分の鞄を持ったまま振り返った。
「あぁ、おはよ・・・」
声は途中で止まり、彼は仰天の眼差しでを見た。
「・・・スピードル?」
驚いた表情の彼を見る彼女は、何処か心配そうだ。
ドアの前に居たが、堪りかねて彼の前まで歩く。
もう一度彼の名前を呼ぶと、スピードルはやっと何か呟いた。
「・・・どしたの」
「へ?」
「その服」
これ?と指を差したのは純白のワンピース。
胸元が開いていて透明のストラップで止めている、アシンメトリーのミニスカートだ。
スカートはフレアなため、可愛らしさがあるが・・・には少しセクシーな服だ。
いつもと違って彼女が色っぽく見えるのは、服のせいだろう。
「これね、カリーと買い物に行ったときに買ったの!」
選んでくれたんだよ。と楽しそうに話す。
「カリーが?」
彼女の仕業か、という意味を含んで訊くとは頷いて答えた。
「うん。ちょっと恥ずかしいけどどうせ白衣着るし」
「ふーん・・・」
何かを含んでそうな呟きに、は怪訝な面持ちをしながら鞄をロッカーに入れた。
「ってゆーかスピードル、何やってんの?」
「ん?そうだった、財布だ」
自分が今財布を捜していることに気付いたスピードルは、再び視線を鞄に移す。
少し経つと発見できたのか、鞄から黒の財布を取り出した。
「これから休憩だから飯買いに行くんだ」
「そうなの?」
鞄を置き、振り向く。
ふわっとスカートが踊った。
不本意ながらもドキッとした彼の心情も知らず、は満面の笑みを向けた。
「何買うの?」
「デリカテッセン」
「あ、私の分も何か買ってきてよ」
えー、と嫌そうに言うスピードルもお構い無しには脳裏にデリカの店にあるメニューを浮かべる。
「プレーンベーグルとコールスローサラダ、あとかぼちゃプリンね」
書こうか?と言った彼女にスピードルはいいと返す。
確かにスピードルはとても記憶力に長けている ―― はそんな彼を尊敬している。
「お金は後で払うね」
「仕方ないな、解ったよ」
スピードルは観念したように呟き、そして暫く彼女の姿を見る。
は携帯を持ち忘れたのか、再びロッカーを開ける。
スカートが綺麗に揺れ、後ろは背中が見えていた。
いつもと違う彼女に、驚きのほかに別の感情もあることに薄々気付き始めていた。
しかし素直には言いたくない。
スピードルは携帯を持って振り向いたにこう言った。
「・・・色気無いなー」
「えっ!?」
その言葉は聞き捨てならないのか、ショックを受けたようにスピードルを見た。
女として “色気が無い” と言われるのは想像以上に哀しかったらしい。
「嘘!私色気無いの!?」
「無い無い」
いつものようにからかわれているのだとは解っている。
しかしその言葉はにとってショック以外の何物でもなかった。
誰のためにこんな恥ずかしい服を着てるんだか。
沸々と怒りが湧いてくる。
尊敬している人物であり、の想い人である。
と言っても知っているのはカリー以外に居ない ―― だから協力してもらったのだ。
色気を作れと言われ、頑張って作ったつもりなのだが・・・無いといわれてしまった。
こうなったら、意地でも落としてやる。は決意した。
「スピードルってさ、女心解ってないよ」
小さく呟いたをスピードルは不思議そうに見る。
いつもと反応が違うからどうしたもんかと思ったのだろう。
傷ついたのだろうか ―― しかし今更撤回することは出来ない。
「・・・?」
俯いてしまった彼女の表情を伺うように、首を傾ける。
顔を上げたは、ふと彼に近づいた。
スピードルの唇に自分のを重ねる。
不意打ちキスは相当驚かせたようで、彼は目を見開いた。
やがて目を閉じ、彼女を抱き寄せた。
何度も角度を変えて長い口付けをする。
漏れる声を聴きながらやがて離れる ―― 乾いた音がロッカールームに響いた。
離れたスピードルは 「やってしまった」 と言いたげな後悔の表情をしている。
はそんな彼にべっと舌を出し、満面の笑みで言った。
「色気が無いなんていうからだよ」
ロッカールームを去ったの後を目で追った。
暫くスピードルは呆然としている ―― あいつ、意外と上手い。
不意打ちのキスに、意外にも頬を赤く染めたスピードルはハッと我に返った。
「しまった・・・に頼まれたもの忘れた」
いつもにない度忘れをしたスピードルは、キスが解ってたら書いてもらったのにと後悔してしまった。