Hometown
 DNAラボから高く澄んだ歌声が聴こえる。
 小さく綺麗な声はよく聴くと馴染みのある人のものだった。
 たまたま通りかかったスピードルは、不思議そうに首を傾けてラボのドアを開けた。
 ワークステーションの一つに座っているのは
 唄を歌いながらプレパラートを作っている。
 左隣には何枚も作られていて、反対側には綿棒が山のように積まれていた。
 柔らかい笑みをして歌うを見たスピードルは、隣のワークステーションに腰掛けた。
 彼女は隣の視線に気付かず、尚も歌い続けている。
 耳を澄まして唄を聴いてみる ―― 何語だろう?英語じゃないことは確かだ。


「ぅおあっ!?」
 少し大きな声で呼んでやると、は飛び上がって驚いた。
 椅子から落ちかけている彼女は、目を丸くしてスピードルを見る。
「吃驚した・・・」
「こっちも吃驚したよ」
 彼女の尋常じゃない驚きにスピードルも目を丸くしていた。
 軽く頬を赤く染めて、は恥ずかしそうに訊く。
「・・・聴いてた?」
「何を」
「・・・ううん、何でもないの」
 安堵のため息を吐いたを見て、意地悪そうな笑顔で言ってやった。
「何処の国の唄なんだ?」
 ガタタッ!
 再び椅子から転げ落ちかけた彼女の顔は、見事に真っ赤になっていた。
「やっぱり聴いてたの!?」
「まぁね」
 彼女からプレパラートを取り、近くの顕微鏡に装着した。

 は頬を押さえながらスピードルを睨み見る。
 やがて、観念したように呟いた。

「・・・日本のよ」
「日本?」
 意外そうな顔をされ、も不思議に思う。
「何?」
、日本語話せるんだ」
「うん。お母さんがハーフだったし」
 スライドガラスに綿棒をこすり付け、カバーガラスを被せる。
 単純な作業なため、はスピードルのほうを見ながら続けた。
「道理で解らないはずだ」
「スピードルって日本語駄目なの?」
「あぁ。スペイン語なら何とか解るけどさ」
「スペイン語は私が解んないや」
 苦笑しながらプレパラートを机に置き、身体を隣に向けた。
 スピードルも視線をへ向ける。


「ねぇ、スピードルの故郷って何処なの?」
「故郷?何、急に」
「なんとなく」
 ほのぼのとした笑顔を見せた。
 どうやら仕事を中断したのはそれが聞きたかったからみたいだ。
 心の中でため息を吐く ―― “らしい” と言えばそうなのだが。
「クイーンズだけど」
「そうなの?知らなかった」
 驚いた表情を露にするが、すぐに笑顔に戻った。
「嘘。本当はデルコから聞いてたんだけどね」
「なら訊くなよ」
「だってスピードルから話さないもの、自分のこと」
 図星だったのか、彼の目が少しだけ泳いだ。そして彼女から逸らして再度顕微鏡に注がれる。
 は椅子を引いて近くに寄る。

「スピードルはさ、帰りたいって思う時はない?」
 ふと、視線をに移す ―― 彼女の笑みに影が混じっていることに気付いた。
「思わないよ」
「本当に?」
は?」
 逆に訊かれてしまい、彼女は言葉を詰めてしまった。
 視線を落とし、声を落として答える。


「思わない」
「本当に?」
「うん ―― 良い思い出なんて無いから」

 あったけど、全て壊れちゃったの。
 目を上げて微笑んだが、とても切ない笑顔になってしまった。

「さっき歌ってた唄ね、故郷のことを歌ってたの」
 ワークステーションに帰り、近くにあったメモ帳にペンを走らせた。
 数分も立たないうちにペンは置かれ、紙をスピードルに見せた。

 そこには次のように書かれていた。


   Back in the mountains I knew as child
   Fish filled the rivers and rabbits ran wild
   Memories, I carry these
   Wherever I may roam
   I hear it calling me, my hometown

   Mother and father, how I miss you now
   How are my friends
   I lost touch with somehow ?
   When the rain falls or the wind blows
   I feel so alone
   I hear it calling me, my hometown

   I've got this dream and it keeps me away
   When it comes true
   I'm going back there someday
   Crystal waters, mighty mountains
   Blue as emerald stone
   I hear it calling me, my hometown


「これ何?」
「さっきの唄の英語訳だよ」
 見ててね、と微笑み ―― 目を閉じて歌い始めた。
 先ほど聴いた高らかで綺麗な歌声がラボ内に響き渡る。


   兎追いし かの山
   小鮒釣りし かの川
   夢は今も めぐりて、
   忘れがたき 故郷

   如何に在ます 父母
   恙なしや 友がき
   雨に風に つけても
   思い出ずる 故郷

   志を はたして
   いつの日にか 帰らん
   山は青き 故郷
   水は清き 故郷


 英語訳を見ながら、彼女の声に耳を澄ます。
 やがて彼は視線をに向けた。
 目を閉じて愛しそうに歌うその姿はまるで天使のようで、彼女の知らない部分を見たような気がした。
 歌い終わったは一息ついて瞳を開く。

「ね? 故郷の唄でしょ」
 恥じらいがあるのか、彼女の頬は少し赤い。
 何も反応がない ――見せられなかったのかもしれない―― スピードルに微笑み、続けた。
「昔ね、お母さんに教えてもらったんだ。日本の歌の中で一番好きなのよ」
「・・・歌上手いじゃん」
「本当?」
 嬉しそうに笑った彼女は、ふと悲しそうな顔になった。


「スピードル」
「何?」
「故郷には・・・帰りたくない?」


 何処と無く不安を感じている表情だ。
 は先ほど言った ―― 帰らないと。
 良い思い出が無いのも一つの理由だが、もう一つある。
“マイアミが好きだから” だ。
 職場が好きだから、離れたくない。
 しかし、スピードルを始めとするメンバーが居て初めてその想いが成し遂げられるのだ。
 いつかは離れ離れになるかもしれない ―― 彼女の不安はそこにあった。


 暫くの表情を黙って見つめたスピードルは、いつもと同じ笑顔を見せてくれた。
 安心させてくれるような・・・そんな笑顔だ。
「此処が故郷じゃん」
「・・・へ?」
「俺はそう思うんだけど、は違うのか?」


 きょとんとしてしまった彼女は、簡単な答えに気付く。
 あ、そうか。
 別に何処だって故郷になるんだ。


 彼女が笑顔を向けてくれた ―― 不安の無い、晴々としたものだ。
「・・・そうだね。そうだ、マイアミが故郷だ!」

 可愛らしい笑顔に、スピードルは一瞬驚く。
 だが、すぐもとの表情に戻って彼女の頭に手を置いた。
 そして髪をぐしゃぐしゃにしてやった。

「ぅわっ、ちょっと何すんの!?」
「別に、何となく」
 意地が悪い笑みを見せる ―― スピードルがいつも見せてくれる笑みだ。



 やがて二人は、第二の “故郷” で出会えたことを感謝するように笑い合った。

 彼の手から、先ほどの英訳歌詞が舞い落ちた



■ author's comment...

 いや〜久々に書いた!!っていうか、途中までは書いてあったのをラスト3行ほど書き加えたのでした。
 以前、リクエストで「日本」というキーワードが出ていたので、この話を書くことにしたんです。
 本当はメンバーを日本に招待してあげたかったのですが・・・
 職業的に無理だな、という結果に終わり、あえなく断念(涙)
 だったら、何か文化を盛り込ませようということで、歌を歌わせてみました。
 「ふるさと」ですね。必死で調べた思い出があります。
 英訳も必死で調べました(笑)憶えましたよ、本当に!
 スピードルの故郷についても前々から出したかったので、ここで出してみたわけです。
 ・・・久々なのにいいのか、こんなもん出して(汗)

 date.06---- Written by Lana Canna


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