Cold warmth
 私たちの仕事は、事件と連動して成り立つ。
 逆に言えば、事件が無かったら何もすることがない。
 そんな時、私はいつもあなたを誘う。

「ねえ、一緒にランチに行かない?」

 この一言を口に出すのも緊張してるんだってことくらい、あなたは気付いて欲しいなぁ。





 DNAラボでぼんやりと座っていたは、やる事なさげに椅子の座高を上げては下げていた。
 一番上まで上がった座高が、 「プシュー」 と音を立てて一番下まで急降下する。
 単純に言えば1人遊びなのだが、実はこの遊びが気に入っていたりする。

 少し腰を浮かして座高を上げているとき、ふと、ラボの壁に掛けられている時計に目が行った。
 あ、と声を上げる。
 時計の針は12時を少し越えていた。

 そろそろ大丈夫かな。
 座高を上げきった椅子には座らず、立ち上がって伸びをする。

「12時を超えれば、ランチだよね」
 自分で言い聞かせながら、ラボのドアを開ける。



 休憩室を覗いたは、表情を緩めた。
 運よくスピードルは1人でコーヒーを飲みながら雑誌を見ている。
 暇そうにしてるじゃないか、とほくそ笑みながら休憩室のドアを開けた。

「やっほー、スピードル」
 のんびりした声を出すと、彼は顔を上げた。
「なにしてるの?」
「見て分かるだろ?」スピードルはコーヒーカップを胸まで上げる。「暇を持て余してんの」
 同じだ、と笑ってしまった。

 これは大丈夫かもしれない。
 そう思いながらも、自分の胸は鼓動を早めていた。

「ねえ、暇ならランチに行かない?」
 平然を装った声を出し、その度に自分の馬鹿さ加減に愛想が尽きる。
 しかしスピードルはそんなことも知らず、笑みを浮かべたかと思ったらカップを置いた。

「お前、いつもそれだよな」
「そう?」
「うん。12時が過ぎたら来ると思った」

 なんだ、気付いてたんだ。
 苦笑いを浮かべて、どうにか誤魔化す。
「で、行くの? 行かないの?」
「行くに決まってんじゃん」

 彼の返事に目を瞠った。思わず鸚鵡返しをしてしまう。

「決まってるの?」
「決まってるの」

 笑いながらスピードルが立ち上がった。行くぞ、とばかりに頭を叩かれ、先に休憩室を出る。
 それでもは動けなかった。


 誰も居ない休憩室で、両頬を押さえて俯く。

「こんな顔で行ったらバレちゃうよ」

 真っ赤な頬を冷たい両手で冷ます。

「・・・・・・私のバカ」
 こんなときばかりは、冷たい両手に感謝したくなった。





 財布だけを持って、警察署を出る。
 ドアが開いた途端、冷たい風に身震いしてしまった。

「最近、寒いよね」
 思わず零すと、隣を歩くスピードルがからかった。
「ロンドンよりは暖かいだろ」
「そりゃそうだけど、やっぱり寒いよ」

 地球温暖化が深刻化しているからだろうか。
 マイアミの冬は昔ほど暖かくないように感じられた。
 特にロンドンに居た頃から冷え性だったには、多少の寒さでも両手が冷たくなる。

「寒い」 と呟きながら両手を握り締めていると、今度は不思議そうな視線を向けられた。

「俺はそんなに寒くないけど」
「冷え性にとっては、少しの寒さにも弱いの」

 ふーん、と間延びした声を出すスピードルを見ながら、少しばかり安堵する。
 頬が赤いのは、寒さや冷え性のせいにしてしまえば良い。


 意外と勘が鋭いスピードルには、自分の気持ちに気付いてもらいたくなかった。
 気付いてしまったら、今後仕事がやりづらくなってしまう。
 それでも日に日に溢れてしまう「大好きの気持ち」を、必死で抑えているのだった。


「マフラー持って来るんだった」
 署内のロッカーに入っているマフラーを想像しながら両手を合わせていると、不意に右手を取られた。
 え、と驚く暇も無く、スピードルの手が繋がれる。

「うわ、冷たいな」
 スピードルは顔をしかめたが、は笑えなかった。

 繋がれた手から、ぬくもりが感じられる。
 とても優しくて、身体にまで浸透してくるような、そんなぬくもりだった。
 反応するように身体が熱くなる。

「冷え性だもん」
 どうにか答えると、彼はようやく納得するように頷いた。

「じゃあさ」
「え?」
「こうしてれば?」

 ぐいっと手を引っ張られ、体制を崩したが小さな悲鳴を上げた。
 真横に立たされると、繋がれた右手はスピードルが着るジャケットのポケットに突っ込まれた。

「な、なにしてるの」
「温めてやってんじゃん」

 だからって、これは恥ずかしいよ。
 頬を染めて、顔を伏せる。
 でも、引き抜くことはしなかった。

 左手は相変わらず冷たいけど、右手はすごく温かかった。
 その熱を感じていると、改めて自分の気持ちに気付く。


 ああ、大好きなんだ。
 もう抑えられないほど溢れてるんだ。


 少し背の高いスピードルを、見上げる。
 斜め顔は真っ直ぐ前を向かれていたが、少し笑みを浮かべた。
 それは少し照れているようにも見えた。

「何?」
「なんでもない」

 視線を逸らしたも照れるように微笑む。
 ポケットの中が暖かく、それが彼の優しい心遣いそのものに思えてならなかったからだ。


「ねえスピードル、知ってる?」
 笑みを浮かべたまま訊いた。頬の赤らみすら気にならなくなっていた。
「手が冷たい人は心が温かいんだって」
「なんだそりゃ」
「でしょ? 私も迷信だと思う」

 でも、と続けた。

「手が温かい人は心も温かいのかもしれないよ」


 隣を見上げると、彼が怪訝な表情を向けていた。
 はポケットを指差して、微笑んだ。



「寒いときはお邪魔させてね」

 あなたが好きだから ―― この言葉を付け加えた。




 一瞬驚いて、それから笑顔になるスピードルの顔を見ながら、自分の心が温かくなるのを感じた。

 ああ、 「好き」 の気持ちは世界中の誰にも負ける気がしないわ。



■ author's comment...

 このお話は大塚愛さんの 「ポケット」 をイメージ曲とさせていただいています。
 ずーっと聴きながら書いてました。ぴったりだといいなあ。
 私が書くスピードルは何故か素っ気無い。ちゃんと甘くしようと思ってるのに、なんでだあ?
 ・・・・・・素っ気無いというか、ツンデレ?なんちゃって。

 date.0712-- Written by Lana Canna


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