午前9時。
起床して10分も経っておらず、は眠そうに盛大な欠伸をしながら歩いていた。
まだ頭が働かない。それもそうだ、寝たのは3時間前の午前6時だ。
それでも強引にベッドを抜けたのは他でもない、ホレイショの頼みだからだった。
あれは寝静まってすぐのことだった。
携帯電話独特の、何の感情も無い機械音が大きく鳴り響き、仕事漬けの毎日を送っていたは無意識で出てしまったのだ。
「、急で悪いんだが」
ホレイショの第一声が意外だったため、の目が開く。
寝ぼけているのか、のんびりした声で「どうしたんですか?」と言った。
「これから3時間後に出勤して欲しい」
「・・・え?」
耳を疑った。
3時間しか睡眠時間を取ることが出来ない職場なんて、マイアミ中の何処を探しても見つからないはずだ。
それでも、の返事は一つしかなかった。
「解りました」、だ。
相手がホレイショだからだろうか、どんな無理もしてあげたく思ってしまう。詳しく事情を聞けば、ますますそう思った。
何か事件が起きたらしい。
これからラボクルーが証拠採取をしに行き、大量の血痕を持って帰ってくる予定が3時間後。
「君は3時間後に血痕のDNAを分析してほしい」
いいな、と有無を言わさない口調には焦りが含んでいる。
「はい」と答えると、乱暴に電話を切られた。
・・・忙しいのは解るけど、何か悲しくなるなぁ。
通話が終わった後に聞こえる無機質な音を聞きながら、が再び眠りに着いたのだった。
それからきっちり3時間後に起きて、温かいベッドを名残惜しく思いながらも簡単な準備をして出掛け、今に至る。
何度も欠伸をしながらも歩くと、あっという間に署までやってきた。
歩きながら、今にも眠りにつきそうだなぁと自分で思う。
仕事に支障をきたさないためにも覚醒したいところだが、どうも思うように行かないのは、睡眠時間が短いからだろうか?
署の構内に入ったところで、はたと気付く。
そういえば、なぜ3時間後に限定されてるんだろう?
別にラボクルーが証拠採取を終える時間は3時間後ではないはずだし、ホレイショだってすぐを呼ぼうと思えば出来たはずだ。
・・・もしかして、気を使ってくれたのかな。
睡眠時間が足りなかったことを知っていたホレイショが、「少しでも眠ってくれ」と言ってくれていたのかもしれない。
実際にそう言われたわけでは無いが、あの“3時間”がそう伝えてくれているような気がした。
優しいなぁ、と頬を綻ばせる。
彼女はそんなホレイショを尊敬し、憧れていた。
ただ憧れだけがあるわけではない。恋愛感情があることも知っている。
それでも何もアクションを起こせないで居たのは、ホレイショが上司という立場だからだろうか?
数段しかない階段を上りながら、は自嘲の笑みを浮かべた。言い訳ばっかりじゃない。
本当は私が臆病なだけなんだから。
ぼんやりした脳内でそんなことを考えていたが、署内の自動ドアを抜けた途端、一瞬で頭が覚醒した。
が丁度中央で目撃した光景は、微笑ましくも戦慄的なものだったのだ。
エレベータ前に、ホレイショと誰か女性が楽しげに話していた。
特徴的なウェーブの髪から、イェリーナだと解る。笑い声が高らかで、弾んでいた。
二人の会話の内容は聴こえなかったが、それでも笑っているホレイショを見て、の胸は痛む。
彼の笑みから、唯の兄妹とは思えないような不安を感じてしまった。
チーフ、昔はイェリーナ刑事のことが好きだったんだよね・・・。
余計なことを思い出し、つい頭を振ったが、それでもすぐ忘れ去ることは出来なかった。
イェリーナの笑い声がまた、此処まで聴こえた。
怒るという感情より、悲しい思いが溢れた。
やばい、泣きそう。
咄嗟に目を伏せたが再び視線を上げると、目が合った。
ホレイショがこちらを見ている。表情は読めないが、の存在には確実に気付いたみたいだ。
どきっ、と胸が大きく高鳴った。
逢いたくない。
こんな状況で会ったら、泣くに決まってる。
とにかくこの場から消え去りたかった。
反射的に踵を返した。足早に署を出る。
ホレイショが追ってこないことを願いながら、歩き続けた。階段を降り、構内まで歩く。
ふと、立ち止まる。
イェリーナを置いたまま、追いかけてなんてこないか。
至って正論だった。
それでも、やっぱり悲しかった。
空を見上げた拍子に、涙が零れる。
真っ青な空すら、にとっては悲しく思えた。
その時。
ふわっ、と何かが彼女の身体を覆った。
抱き寄せられたような感触が全身に伝わる。には今何が起こったのかが解らなかった。
「」
愛しいホレイショの声で、名前が呼ばれた。
「何故泣いているんだ?」
思わず振り返ろうとしたが、それすらも許さないほど、きつく抱き締められた。
「あれ・・・チーフ?」
「他に誰がいるんだ」
「イェリーナ刑事は?」
の声が震えていることに気付いたのか、ホレイショが笑い声を上げた。
「何だ、嫉妬か」
見透かしたような声色に、思わず頬が赤らんだ。
何も言い返せず、俯く。そう、彼女は嫉妬をしていたのだ。
「は、俺がイェリーナと何かあったと思ったのか?」
ホレイショが、わざとの耳元で囁く。
顔をしかめる。図星なために言葉を返すことが出来ないが、彼がからかっていることだけは解った。
「チーフなんて大嫌い」
聴こえないように呟いたつもりだが、ちゃっかり聴こえていたみたいだ。
「大嫌い、か」と耳元で聴こえたかと思うと、視点が180度変わった。身体を回されたようだ。
「ひゃあっ! ちょっ、チーフ?」
焦った声を上げたが、再び強く抱き締められて声がくぐもってしまった。
怒ったかと思って謝ろうとしたその時、先に口を開かれた。
「頼むから」
「・・・えっ?」
「二度と“嫌い”だなんて言わないでくれ 俺は君に嫌われるのが一番怖いんだ」
震えそうな声が聴こえた。
彼の表情は見えないが ―― こんな声、初めて聴いた。
さっき私が泣いてたときと同じなのかな。
「ごめんなさい」
いつしか彼の身体に腕を回していた。
「本当はね、大好きです」
やはり表情は見えなかったが、更にきつく抱き締められたことは感じられた。
「知ってたよ」
心なしか、嬉しそうな声に聴こえた。
身体を離され、ようやく彼の表情が見える。いつも通りの優しい笑顔だ。
「やっと君を手に入れられた」
、と甘く愛しい声で囁かれると、くすぐったいような、恥ずかしいような、そんな思いでいっぱいになった。
「手に入れた限り、二度と逃がさない」
ホレイショの声を聴いて、は一瞬ではにかんだような笑みになった。
「あぁ、やっとあなたのものになれた」
□author's comment...
一周年フリー夢でした。
えー・・・久々なので書き方がめちゃ違うような気がするのは、私だけでしょうか??
(焦)
CSIを見ずに書いたので、「チーフ!?」って思うかもしれませんが・・・
大目に見てやってください(涙) 私なりに頑張ったんです、きっと。
・・・それにしても、書き方がギャングに影響されてるなぁ・・・(汗)
date.061002 Written by Lana Canna
お題 【
真っ青な空を見上げた 一筋の涙がこぼれた 】