被害者の近くに落ちていた血痕は、DNAはおろか血液型すら合致しなかった。
これだけでもかなり前進しただろうと思ったは、その分析結果を印刷して飛び出していった。
目指すはレイアウト室。
そこで被害者の持ち物を整理しているであろうスピードルに報告したい一心だった。
珍しく高いヒールの音が通路に響く。
カツ、カツ、と無機質な音を聴くたびに、は思う ―― 女性らしい音だな、と。
この音を聴いていると、自分を嘲笑いたくて仕方が無い。
そもそも仕事に私情を持ち込んでることが情けなかった。
科学捜査官に恋愛感情なんていらない。
そんな考えがあっけなく裏返ってしまっただけに、歩きながらも溜息が出てきた。
はいつの間にか、同僚のはずのスピードルに淡い恋心を抱いていたのだ。
そんな矢先、彼とコンビを組むことになったわけで、嬉しいはずなのに、嬉しがっている自分を情けなく思ってしまう。
今日だって無理して高いヒールの靴を履いている。
思った以上に重症だのようだ。
再び溜息をつく ―― 空しく空気に溶け込んでいった。
レイアウト室が見えてくると、ふと疑問が浮かんできた。
電気が付いていないのは可笑しい。
「あれー?何処か行ったのかな」
首を傾げながらガラス越しに中を見た ―― 電気は一切点いていなく、ほぼ真っ暗だ。
「電話を掛けてみようか」 と携帯を取り出したその時、レイアウト室のテーブルで動くものが見えた。
もう一度目を凝らしてみた。今度はガラスに張り付くような姿だ。
あれ、スピードルじゃない?
が見たのは、暗闇のレイアウト室で机にうつ伏せているスピードルの姿だった。
彼は白衣を着たまま、証拠品に囲まれながら暢気に眠っているのだろうか?
机に投げ出された腕から半分だけ顔が見えた ―― やはり目を閉じている。
「証拠も片付けずに、何で寝てるんだか」
思わず脱力してしまったが、それでも微笑みを浮かべてしまった。
痘痕も笑窪とは、まさにこのことだろうか。
レイアウト室のドアを開けた。外の光で薄明るくなる。
やはり眠っているのはスピードルだった。体がゆったりと上下している ―― 間違いなく眠っているようだ。
ドアを閉めると再び薄暗い闇に舞い戻った。
それでも視界が徐々に慣れてくると、細かいところまで見えてくる。
テーブルの中央に置かれているのは現場に落ちていたバッグだ。中身も丁寧に並んでいる。
この状況の何処で眠りに侵されると言うのだろう?
全く持って不思議でならなかった。
そっと近づいてみた ―― ヒールの音が遠慮しがちに鳴る。
今ばかりはこの女性らしい音が歯痒く感じた。
「スピードル?」
肩を叩いてみるが、身じろぐだけで起きる気配がない。
「寝てるのー?」
眠っている相手に訊くのは恥ずかしいが、返事が無いことから聴こえていないのだろうと判断しておいた。
実は聴こえてたらどうしようかな、と自分で苦笑いを浮かべる。
不意に、悪戯心が湧き上がってきた。
髪を左側に纏め、それを押さえながら少しずつ腰を折った。
スピードルの寝顔を覗き込むような形になる。能天気な寝顔が間近に見え、それすらも可愛く思えた。
職業柄、達は恋愛が出来ない。
だからこの気持ちは言わずにしまっておこうと思っていたが、相手が眠っているなら言ってもいいだろう。
耳元で、小さく囁いてみた。
「だーいすき」
これだけで満足だった。
だが、予想外の出来事が起きた。
スピードルが起き上がったのだ。
突然のことに吃驚したの腕が掴まれたかと思うと、瞬く間に視界は反転した。
すぐ背中が何かにぶつかる。
ドサッ、と鈍い音が聴こえ、視線を向けると机の上に居ることが分かった。
「えっ、ちょっ」
起き上がろうとしても、上に覆いかぶさった“何か”のせいで動けない。
天井を遮るように見えるのは、間違いない、スピードルだ。
瞬時に状況を悟った。
の言葉はスピードルの耳までちゃんと届いていたようだ。
そして今、当人に組み敷かれている。
「何してるの!?」
思わず驚き混じった声が飛び出た。
すると、眠そうな声が降りてきた。
「襲おうと思って」
途端、赤面してしまう。
まさかそんなことを言われるとは思わなかった。
視線を横に向けると、せっかく並べられていた証拠品が机の下まで落ちているではないか。
「あぁっ、証拠品が!」
退けてとばかりにスピードルの胸を押したが、両手を掴まれると机に押し付けられた。
どうにか動こうとするが、びくともしない。
どうしよう、と焦った考えが脳内を巡り始めた。
「」
耳元で呼ばれると、ますます頬が赤らむ。
恥ずかしいはずなのに嬉しいなんて思う自堕落な自分も居た。
不意に唇を塞がれる。
無意識に甘い声が漏れてしまい、その度に深く口付けられた。
唇が離れると、疲れたわけでもないのに気息が乱れていた。
悲しいわけじゃないのに、涙で目が潤む。
「何で、キスするの?」
途切れ途切れになりながらも、言葉にした。
するとスピードルはきょとんとして、当たり前のように答えた。
「好きだからに決まってんじゃん」
・・・え?
思わず耳を疑った。
まさか同じ気持ちだっただなんて、誰も考えるわけが無い。
もしかして、スピードルは先ほどのの言葉を聞いて、同じ気持ちだと分かったのだろうか。
それでこんな状況になったのかもしれない ―― 証拠品を犠牲にして。
「は違うわけ?」
スピードルが意地悪く微笑んだ。
今はもう、その笑みすら愛おしくて仕方が無い。
簡単なことだったんだ、と今更気付いたようだ。
仕事なんて関係ない。
そうやって理由を作って逃げていたのは、のほうだった。それだけのことだ。
「何度でも言ってあげる ―― 大好きよ」
はにかむように微笑み、スピードルの首に手を回した。
「無防備だね。本当に襲われるよ?」
「相手がスピードルならこれ以上無い倖せじゃない」
舞い上がっていた私は、分析結果のことも忘れてキスを重ねた。
□author's comment...
一周年フリー夢でした。あっはっは・・・何書いてんだ私(苦笑)
スピードルも口調の研究をする時間が無かったのでうろ覚えで書いてみました。似てる? 似てる??
おっかしいなぁ。プロットではが耳元で囁いて、スピードルが起きて彼女の腕を掴むくらいまでだったはず。
なんで押し倒してんだこの人(笑) やっぱ突飛なことをしでかすなぁ・・・うん。
それにしても、ワンパターンになってきたかな・・・。両思いネタが好きなんです、私。反省だな(汗)
date.061105 Written by Lana Canna
お題 【
耳元で囁いた言葉は 「 だぁいすき
」
】