ブリジットのプライベートビーチから程よく近い距離にあるホテル。
ビーチは持っていないが大きなプールを所有しているホテルには客が少なく、あまり流行っていなかった。
しかし “犯罪現場” と書かれた黄色のテープが張られた今では沢山の人で溢れかえっている。
野次馬が集まっている場所に “科学捜査班” と書かれたSUVハマーが停まるのは、暫く経ってのことである。
「あれは何よ」
ぜぇぜぇと息づきながら、は黄色のテープをくぐる。
目の前に居たスピードルが振り向いて答えた。
「野次馬の団体だろ?」
「それは解ってるけど、なんて数なのよ」
「これが答えだ」
一足先に着いたホレイショの言葉を不思議そうに聞き入れ、も近くにフィールド・キットを置いた。
そして遺体を見て納得してしまった。
「なるほどね、だからあんな人の数なんだ」
プールサイドに横たわっているのは女性の死体だった。
恐らく22口径の銃で頭を一発撃たれている。他にも無数の傷跡がついていた。
何よりその女性は誰もが見たことのある人だったのだ。
「うわ、ジェシカ・マーティンだ」
スピードルは驚いたように呟く。
彼女は誰もが知っている有名な女優だ。
幾つもの作品に出演していて、彼女の美貌に惚れてしまった熱烈的なファンは数え切れない程だろう。
そのジェシカが今、血の気が失せた表情をして横たわっていた。
「死因は失血死よね。発見されたときの状況は?」
「セヴィリアに訊いてみよう」
ホレイショは顔を上げて彼女の名前を呼んだ。
すると向こうで従業員と話していた女性が振り返り、彼等のほうへやってくる。
精悍な顔つきをしているセヴィリア刑事はホレイショとスピードルの間に居るを見て驚いた。
「も来てるの?」
「・・・なんで皆驚くの!?」
思わず脱力してしまった。
よく考えれば、全員に驚かれているではないか。
セヴィリアは笑ってホレイショの方を向いた。
「被害者はご存知ジェシカ・マーティン。すぐそこのプールに浮かんでいるところを従業員が発見した」
「誰が此処まで運んだわけ?」
スピードルの言葉にセヴィリアは従業員の方を向いて言う。
「彼よ。脈を取って死亡を確認したって言ってたわ」
そのやり取りを聞いていたは、ふと思う。
あれ?その会話、さっきの事件で聞いたような気がする。
しかし気のせいかと思うことにし、ラテックスの手袋を装着した。
「それにしても、綺麗に穴が開いてますね」
「遠距離から撃たれたんだろう。恐らく貫通していない」
「頭の中に弾があるわけだ。ファンが聞いたら泣くな」
そう言ったスピードルはフィールドキットからカメラを取り出して撮り始めた。
「この傷は何だろう」
「さぁ・・・そういえばブリジットにもあったっけ」
ジェシカの腕や胴体に、無数の引っ掻き傷のようなものがついている。
思い出すように呟いたを、ホレイショとスピードルが見た。
きょとんとした表情だ。
「、何故ブリジットが出てくる?」
「え?」
彼女もきょとんとする。
「だって色々合致点があるじゃないですか」
右手を上げて人差し指を立てた。
「まず、二人とも同じ水の上に浮かんでた。これは溺死じゃなくて死んでから水に入ったことになりますよね」
次に中指も立てる。
「死因は失血死、凶器も同じ22口径です」
さらに薬指も立てた。
「ジェシカにもブリジットにも同じような引っ掻き傷があったし」
最後に小指を立てる。
「さらに苗字は “マーティン” 、DNA分析をすれば解りますけど二人は姉妹だったのでは?」
ホレイショはの見解を黙って聞いていたが、スピードルは口を開く。
「なら何故ブリジットとジェシカは別のところで死んでいるんだ?」
「そこはまだ不明よ」
はフィールドキットから綿棒を取り出し、被害者の射入口にこすり付ける。
赤黒い血を付けて再び箱の中にしまった。
「まぁこれは私の推測ですけどね」
彼女の言葉にホレイショは頷き、付け加えた。
「真実は証拠が語ってくれるさ」
その後は各自それぞれの仕事をしていった。
ホレイショはアレックスと死体を調べ、スピードルはプールの底から上げたびしょ濡れの鞄を。
そしては血痕を探し出して採取をするべく、フィールド・キットからルミノール試薬を取り出した。
試薬は使いやすいようにスプレー容器に入っていて、彼女はそれを吹き付けていった。
プールサイドに置いてあったデッキチェアやテーブル、パラソルの柄にも反応は出ない。
だが、広いプールサイドを吹きかけ続けているとやがて青白く光る場所を見つけた。
「やっと見つけた・・・」
ため息をついてその周辺にも吹きかける。
すると、血痕の範囲が良く解った。
「・・・うわ、凄い量」
あのが思わずたじろぐほど、辺りは青白い光でいっぱいになったのだ。
此処が夜だったら、恐らくパーティでも開けそうなほど明るく幻想的だ。
これは一人分じゃないわね。
そう察知すると、一定距離を開けて綿棒を擦り付けていく。
20本ほどを消費して、彼女はようやく手を止める。
これは全て自分が分析することに気付いたようだ。
・・・多すぎたかなぁ、なんて苦笑してしまった。
証拠と3分の2ほど消費したルミノール試薬をフィールド・キットに戻す。
そして彼女以上に四苦八苦しているスピードルの元へ行ってみた。
「どう?何か見つかった?」
後ろから声をかけると、スピードルは振り返って立ち上がった。
「まぁね。は?」
「無事見つけたよ。でもかなりの量だった」
「かなりの量?」
「うん。ジェシカの血なら、今彼女の体内に血は全く無いでしょうね」
「ふーん・・・で、勿論採取済みだろ?」
「そりゃそうよ!だからこっちを手伝いに来たの」
の言葉を聞き、スピードルは顔を歪めて証拠を見た。
「手伝えることはないよ。ラボに帰らないと調べられない」
「どうして?」
ひょこっと後ろから覗き込んだは、彼の言葉に納得した。
「うわ、びしょ濡れじゃない」
「だろ?」
小さく黒い鞄が置かれ、その前に様々な証拠が並んでいる。
白い携帯に赤い革の手帳、それから少し離れた場所に免許証が置かれていた。
「免許証って普通お財布の中に入れるものじゃないの?」
拾い上げてまじまじと見る。ジェシカの顔が映っていた。
スピードルはの意見に賛成するように言う。
「そうだよな。でもそれは鞄から離れたところにあったんだ」
「え?お財布とかは?」
「ないよ。証拠はそれだけ」
「・・・変なの」
明らかに変だ。
免許証だけが鞄から抜け出すなんて、有り得ない。
しかし否定する証拠もない今は何とも言えない。
とりあえずラボへ持ち帰るため、ペイパック入れていった。
とスピードルはそれぞれの作業を終えたことを報告しようと、上司の姿を探した。
もう死体はアレックスが解剖室へ持って帰ったのだろう、ホレイショはさっきの場所に居ない。
「あれー?チーフ何処行ったんだろ」
はきょろきょろと辺りを見回した。
「スピードル、見つけた・・・あれっ!?」
振り向いたは、スピードルが歩き出していることにようやく気付いた。
どうやらホレイショを見つけたのだろう、彼が歩く先に居るのがにもわかった。
「ちょっと声掛けてくれてもいいじゃない!!」
慌てて走り出し、スピードルの後を追った。
ホレイショはセヴィリアと一緒に従業員らしき男性の話を聞いていた。
近づくたびに3人の声が聴こえてくる ―― どうやら防犯カメラのことを話してるみたいだ。
「うちはご存知の通り人が少ないので、あまり意味がないんです」
従業員がそこまで話したところで、ホレイショが「失礼」と言った。
そしてとスピードルを見る。
「終わったのか?」
「はい、ばっちりです!」
「何訊いてるの?」
スピードルの問いには従業員が答えた。
「防犯カメラについてですよ」
「そういえばないですよね、防犯カメラ」
の言うとおり、このプールには防犯カメラが一切無い。
笑顔を作ってもう一度従業員は言う。
「客の入りが悪いので、意味が無いんです。盗難騒ぎも無いので」
「でも殺人が起こった」
ホレイショの言葉に苦い表情をする。
「ジェシカはホテルに泊まっていたの?」
セヴィリアだ。手帳にメモをしながら問いかける。
従業員は首を振って「調べましたがお泊りになっていません」と言った。
「プールはいつ閉めるんですか」
今度はホレイショの方を向いて答える。
「午前0時です。門も全て閉めますがプールの水は抜かないんです」
「ホテルって此処から近いんですか?」
「10メートル以内にございますよ」
ほら、と指差された方を向く。確かに薄汚れているホテルが聳え立っていた。
「それなのに銃声に気付かなかったの?」
セヴィリアが手帳から従業員に視線を移す。
苦虫を噛み潰したような表情になった従業員は 「残念ながら」 と呟いた。
証拠採取も事情聴取も終えた今、この現場では何もすることが無い。
ホレイショたち3人は一時CSIへ戻ることにした。
フィールド・キットを持ち、再び人ごみを掻き分けて歩く。
も最初はスピードルのすぐ後ろを歩いていたが、徐々に引き離されていく。
頑張って掻き分けながら進んでいた彼女は、ドンッと左腕に人が当たったのがわかる。
ズズッ、という鈍い音が聴こえ、彼女は急に立ち止まった。
突然左腕に凄まじい激痛が走ったのだ。
急に焼けるような痛みが二の腕を始めとして全身に響き渡る。
見てみると、なんと自分の腕にナイフが深々と刺さっていたのだ。
白いブラウスが見る見るうちに赤黒い色で染まっていく。
瞬時に解った、は人ごみにまぎれて誰かに刺されたのだ。
ドサッとフィールド・キットを落とす。やけに音が響いて、前の二人が振り向いた。
「!?」
急いで駆け寄ったのと彼女が座り込むように倒れるのはほぼ同時の出来事だった。
半分以上を鮮血で染めたナイフが落ちる音が、彼女の脳内に大きく響いていた。
激痛を耐えるように左腕を抑えるが、容赦なく指の間からも真っ赤な血が溢れる。
「!!!」
ホレイショが急いで抱き留め、スピードルが素早く辺りを見回した。
鬱陶しかった人ごみは、今や1メートルほど離れたところで円を描くように囲んでいる。
こんな人数だと犯人は解らない、恐らく人ごみに混ざって逃げたに違いない。
「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫・・・です・・・」
嘘に決まっている。
彼女は今まで感じたことのない程の痛みで気が遠くなっていた。
ホレイショは素早く布を取り出しての腕にきつく巻き、応急処置をして叫んだ。
「救急車だ!!早く!!!」