Pain is EVIDENCE of LifeTime #3
 が病院を出たのは刺されてから4時間ほど経った後だ。
 何針か縫うほどの大怪我だったが、幸いにもどの神経も傷つけられてはいなかった。
 左腕にはしっかり包帯が巻かれている。
 今は麻酔が効いていて何も感じないが、薬が切れたときにどんな痛みが襲うか、彼女は内心で怯えていた。
 しかし彼女にとって仕事はそれ以上に重要なことだ。
 一時家に帰って着替え、それから再び仕事場へ足を運んだ。
 エレベータに乗ったは傷のことを頭から締め出し、事件のことを考える。
「・・・それにしても、どう見ても殺意があったよね」
 左腕を見てそう呟く。
 激痛が襲う前、誰かとぶつかったことは覚えている。
 しかし自分より少し身長が高いくらいしかわからない。
 あそこには大勢の人がひしめき合っていたのだ。しかも咄嗟のことでも混乱していた。
 だが、にぶつかった人物が刺したことはわかる。他に思いつかない。
「何で私を刺したんだろ・・・」
 ポーン、と着いたことを知らせる音が鳴るまでの間、彼女は考えてみたが勿論理由は浮かばない。
 ため息をついてエレベータを出て、受付の前を通る ―― ふと、デルコが向こうからやってくるのが見えた。
「あ、デルコだー」
 右手で手を振りながら近づくと、彼女に気付いたデルコの表情が一変して心配そうなものへ変わった。
、大丈夫!?刺されたって聞いたよ」
「平気だよ。ほら治療も受けてきたし」
 袖をめくって包帯を見せる。するとデルコが痛そうに呻いた。
「痛そうだな」
「まだ麻酔効いてるから痛くは無いよ」
 感覚がないけど、と笑って続けた。
 彼女の笑顔を見たデルコは、何処か安心したように呟く。

「でも刺されたのが腕でよかった」
 にはその言葉の重さが解っている。
「心配してくれてたんだね」
 そう言うと、彼はやっと笑顔を見せてくれた。
「俺だけじゃないよ」
「本当?それじゃあ皆に会ってこようかな」
 チーフは何処?と聞いてみると、デルコが振り向いて指を差してくれた。
「銃器ラボ。カリーとライフルマーク調べてるよ」
「そう、有難う」
 バイバイと手を振ると彼も振り返してくれた。
 そしてエレベータに乗り込む ―― 現場に行くのだろうか。
 は同僚が心配してくれていることがとても嬉しかったらしく、笑顔で銃器ラボへ向かった。



 銃器ラボは試射室と隣接しているため、他の部屋から少し離れた場所にある。
 は通いなれた廊下を歩き、ラボのドアを開けた。
 薄暗い部屋には大きなモニターがあり、画面は2分割されていて左右ともライフルマークが映っている。
 その線状痕を大人2人が目をしっかり開いて見ていた ―― ホレイショとカリーだ。
 ドアが開いたため、彼らの視線がのほうへ移った。
!大丈夫だったか!?」
 ホレイショだ。柄に合わない不安そうな表情で訊いた。
 隣に座っているカリーも同じように心配そうな声を出した。
「刺されたんですって!?」
「全然平気だよ」
 ほら、とばかりに左腕を挙げる。
 今は麻酔が効いていて痛みは無いが、動かしたことにより、後に襲う附けが更に怖くなった。
 しかし二人を安心させるために笑顔を崩さない。
 案の定、ホレイショとカリーは安堵したようにため息をついた。
「で、今の状況は?」
 は画面に映ったライフルマークを見る。
 どうやら一致しているようだ。カリーも答えた。
「左がブリジットの現場で発見された弾で、右がジェシカの脳から摘出した弾よ。見事一致!」
「・・・ということは?」
「俺たちは今、1つの事件を扱っているということだな」
 が感じていた疑問は見事当たりだと証拠が告げてくれたのだ。
 2人は1挺の銃で殺された。そしてその銃は見つかっていない ―― 恐らく犯人が未だ持っているのだろう。

「じゃあまずブリジットとジェシカのDNAを分析します」
「待て」
 踵を返してラボを出ようとしたの腕をホレイショが掴んだ。
 不思議そうに彼の方を向く。
、君を刺した人物が解った」
「え?」
「ナイフから指紋が検出された。名前はダドリー・サイモンだ」
 刺殺未遂犯の名前を聞かされても、には解らなかった。
 首を捻ったことから知らない人物だと推測できたのだろう、ホレイショは続ける。
「もうすぐ尋問だ。一緒に来るか?」
 彼の言葉に後ろから訊いていたカリーが驚いた表情を見せる。
 まさかあのホレイショがを尋問に誘うなんて思っても見なかったことだからだ。
 も同じ表情をしたが、少しの間を空けて頷いた。
「行きます!」
「よし」
 ホレイショはカリーに短く指示を出し、の横を通って先にラボを出た。
 後を追おうと部屋を出ようとしたを、カリーが呼び止める。

「何?」
「本当に良かったわ」
 とても短い言葉だったが、彼女の言いたいことが良く解った ―― デルコと同じ意味だろう。
 きょとんとしていたが微笑む。
「・・・私もそう思う」

 バタンとドアが閉じられた。
 カリーは一安心したように一息つき、再び顕微鏡を覗いてライフルマークを調べ始めた。





 ホレイショとはまず尋問室と隣接されている監視室へ入った。
 監視室は尋問室とマジックミラーで繋がっていて、被疑者の様子がよく観察できる。
 一人ぽつんと座っているダドリー・サイモンはブラウンの髪を短く切った好青年の風貌をしていた。
 冷静に見ると、確かにとすれ違ったのはこの人物だと解る。
 服装はあの時と違う ―― きっとの血を浴びたため、着替えたのだろう。
 そわそわと何処か落ち着きが無く、辺りを何度も見回していた。

「ホレイショ、そろそろ・・・、貴方も居たの?」
 ドアが開いたかと思うと、驚きを隠せない声が聴こえた。
 声のした方を向き、笑顔を作る。
「セヴィリア刑事」
「刺されたんでしょ?大丈夫?」
「平気ですよ」
 もう何度目だろう、この返事。
 は思わず心の中で嘆いてしまった。
 しかしこれからも言われることになるのだろう ―― 仕方が無いと割り切ることにした。
「まさかも尋問に参加するの?」
 自分を刺した相手を尋問するなんて、確かに殆どの人が嫌だと言うだろう。
 しかしは頷く。
「ダメ?チーフはいいって言ってくれましたよ」
「えっ!?」
 セヴィリアの目がの向こうに居たホレイショを捉える。
 ホレイショは何も言わず、――圧力をかけるように―― セヴィリアの視線に合わせた。
 暫く黙って彼の目を見ていたセヴィリアだが、観念したように呟く。
「・・・解ったわ。も尋問に参加して」
「やった!」
 嬉々とした表情で先に監視室を出たを、セヴィリアとホレイショは無言で見ていた。
 ドアが閉まって、ようやく口を開く。
「いいの?本当に」
「何がだ?」
に貴方の尋問態度を見せてもいいの?」
「被害者はだ・・・今のところはな。同席してもらう理由にならないか?」
 確かに、十分理由にはなる。
 しかしホレイショの尋問態度は非常に冷酷極まりないことはセヴィリアには良く解っていた。
「貴方がいいなら何も言わないけど、知らないわよ?」
 そう言っての後を追うように部屋を出た。

 たった一人残されたホレイショは、や他のメンバーに見せる優しい表情になる。
「大丈夫だと願ってるよ」
 誰に言うでもなく、ぽつりと言って最後に監視室を出た。



 尋問室に、セヴィリアを始めホレイショとが入る。
 サイモンは異様に大きく響いたドアの音に身体を震わせ、3人の姿を捉えた。
「ダドリー・サイモンね」
「・・・な、何だってこんなところに呼び出されなくちゃいけねぇんだよ」
 好青年の風貌と違い、憎たらしい口調を浴びせる。
 サイモンの前に腰を下ろしたのはホレイショで、はその斜め後ろに立っていた。
 セヴィリアは被疑者と捜査官の間に入るように立つ。

 少しの間を空けてホレイショが口を開いた。
「お前には今、3つの嫌疑がかけられている」
「はぁ?」
「ブリジット・マーティンとジェシカ・マーティン殺しの嫌疑と、捜査官を刺した嫌疑だ」
 いつもと違い、冷酷な声で喋る。
 そんなホレイショの背をはただ黙って見ていた。
「捜査官を刺したのはお前だと証拠が語ってくれた。何故そんなことをした?」
「な、何のことだよ。俺は何もしてねぇ・・・」
 震えた声で呟くサイモンを冷たい目で睨んだホレイショは、セヴィリアの名前を呼ぶ。
 反応するようにセヴィリアは分析結果を机の上に広げた。
 それはが実際に見たナイフと、柄についていた指紋の分析結果だ。
「ナイフに貴方の指紋が綺麗に残ってたのよ」
「このナイフで刺された、そうだな?
 名前を呼ばれ、は頷いて答えた。
「えぇ、そうです」
 サイモンは自分が刺した人物がだと知らなかったようだ。
 彼女が答えたその時、ビクッと肩を大きく震わせた。
 ホレイショはサイモンが考えていたことがわかったのか、答える。
「そうだ、彼女が刺された捜査官だ」
 睨む目つきから“吐け”という叫び声が聴こえる。
 実際サイモンの幻聴なのだが、怯えた表情を見せたのは明らかだ。
 時期にぽつりぽつりと自供し始めた。

「・・・お・・・俺のジェシカだ・・・」
「と、言うと?」
「お前たちが殺したんだ・・・ジェシカを返せ!!」

 はぁ?と首を捻らせる。
 にはサイモンが何を言いたいのかさっぱり解らなかった。
 しかしホレイショはサイモンの代わりに意味を要約してくれた。
「つまり、お前は俺たちがジェシカ・マーティンを殺したと思ったのか」
「そのとおりじゃねぇか!!彼女をどっかに運んでたくせによぉ!」
 憎むような目をホレイショに向ける。
 しかし反応したのはその斜め後ろに立っていた彼女だった。
「・・・何よそれ」
 小さく呟いたかと思うと、机を思いっきり叩いてやった。
 バァンッ!!と尋問室に大きな音が響く。
「あなた、馬鹿じゃないの」
「何だよてめぇ!」
「黄色いテープを読まなかった?“犯罪現場”って書いてたはずでしょう」
 珍しく冷たく低い声で続ける。
 セヴィリアは仰天したとばかりの顔で呆然と見てたが、ホレイショは笑顔を作った。
 確かに怒るのも無理は無い。
 そんな理由で刺されたら、誰だって机を叩きたくなるだろう。
「あなた、警察がジェシカを殺したって本当に思ってるわけ?」
「だとしたらお前はどうしようもない大馬鹿者だ」
 後の言葉をホレイショが引き継いだため、は一歩下がる。
 しかし視線は凍えるように冷たく、腕を組んで見下していた。
「ブリジット・マーティンを知らないか」
 冷たい声を出すが、ホレイショは笑顔のままだった。
 それが余計恐ろしくなったのか、サイモンは縮み上がった猫のような声を出す。
「し・・・しらねぇ、よ・・・」
「そうか」
 振り向いてを見る。
 どうやら演説場を提供してくれるようだ。
 は微笑んでサイモンを見る ―― いつもと違う、冷たい笑みだ。
「公務執行妨害及び傷害罪・・・刑務所に入るには十分のシナリオね」
 睨み付けるようにを見ていたサイモンは、一瞬で顔面蒼白してしまった。





「あーすっきりした!」
 サイモンはセヴィリアが連れて行き、尋問室にはホレイショとの二人。
 気分爽快なようで、は晴れ晴れとした顔で伸びをする。
「そうだ、机とか叩いちゃってごめんなさい」
「なに、あんな理由だと誰だってしたくなるだろう」
 ホレイショはくっくっと笑って続ける。
らしい行動だな」
「そうですか?セヴィリア刑事がすっごく驚いてました」
「俺は面白くて笑うところだったよ」
 ホレイショは立ち上がり、次にこう言った。
「ブリジットとジェシカを殺した犯人はまだ見つかってない」
「そうですね」
「腕は痛むか?」
「まだ大丈夫ですよ」
 の笑顔を見て、ホレイショは安堵した表情を見せる。
「じゃあ分析を頼むぞ」
「はい!」
 景気の良い声を聴いたホレイショは、笑顔になって尋問室を出た。
 も笑顔で見送り、ドアが閉まった後、顔をしかめる。


 焼けるような痛みが、少しずつだが始まった。
 麻酔が切れたのだろう。

「・・・頑張らなきゃ」
 自分に言い聞かせるように呟き、尋問室を出る。

 コップに水一杯入れ、それを持ってラボへ向かった。



■ author's comment...

 無事、3話目が終わった!!
 とりあえずこれでコンセプトの一つ “の一大事” は完遂出来た・・・かなぁ(汗)
 一つ言っておきたいことが。
 私は今まで縫うような大怪我をしたことが無いので、あの辺曖昧です。
 1針縫うのに何時間かかるのだろう・・・
 あと三角巾で固定しなかったけど、それも良かったのか謎だ・・・(汗)
 もう一つ言えば、銃器ラボが試射室と隣接してるのかも謎です。
 場所はさっぱりなので憶測が多いので、ご了承ください(涙)

 date.06---- Written by Lana Canna


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